勝男という名で不戦敗

できれば霞を食って生きて行きたい青年、勝男
今まで彼は争う事をせずダンゴ虫のようにひそやかに暮らしてきたが
29歳にして年貢の納め時がやってきてしまったのである



勝男という名で不戦敗1 vs 父さん 前編




まあ いろいろあって、
僕、嵯峨野勝男29歳は、平日の昼間に自宅で「いいとも」
を見ているわけです

・・タモリさん年をとりましたね
でも、野々村真と羽賀研二が、いいとも青年隊出身だという事を
知っている僕も世間的な、若者というカテゴリーから外れつつ
あるのでしょう
月が地球から少しずつ離れて行くように、僕も緩やかに確実に老いていっているのですね
・・そういえば もう一人いましたね 
いいとも青年隊の初代・・誰だっけ・・
ううん、解らない・・解らないということは僕はまだ若いの・・か?


「ちょっと勝男!あんたなんでこんな時間に家に居るのよ!!」

「あ、姉さん、いいとも初代青年隊、野々村真と羽賀研ニと、
あとだれだっけ?」

「久保田篤よ!」

「ふーん・・知らないな やっぱ僕はまだヤングにカテゴライズか・・」

「ちょっと何わけのわからないこと言ってんのよ!!
 そんなことよりアンタ!
 今日本屋のバイトの日でしょ!?何悠長にテレビ見てるのよ!」

「姉さん、まあ 端的に言えば僕は、
 エブリデイがホリデイになったというわけだよ」

「え・・?ちょっと、まさか アンタ・・・アンタ・・
 とっ!、父さーん!!!
 大変よ!勝男がまた無職になってるぅー!!!!」

やれやれ、姉さんは四十路を越えたというのに全く落ち着かないな
騒いだところで何も変わらないというのに・・あるがままの事象を静かに受け入れる事がどうしてできないんだろうか?

「か!勝男!!お前っ・・またか・・ とりあえずそこに座れ!」

「はいはい」

やれやれ、高齢の、いや恒例の説教タイムが始まるのか 
ああ、高齢でもあってるのか。父さん、長年働いて、定年退職したのだから
のんびり心安らかに老後を過ごせば良いものを、あいもかわらず血気盛んなんだから・・

「勝男!今度はなんだ!何が原因で辞めたのか!
 いや辞めさせられたのか?!
 お前、(この仕事こそ、本が好きな自分にとって
 天に定められた仕事なんだ!)
 て大仰なことを言っておきながら何だこの有様は!!」

「うーん 夢の国は遠くで見るから綺麗だったんだね・・
 実際に住んでみると
 なんかいろいろ汚い現実が見えすぎてしまって・・
 僕の魂は綺麗なところじゃないと呼吸ができないんだ・・だから
 自らその夢の国を退去することを決断したんだ」

「ああ、わかった!自分で辞めたんだな!普通に言え!普通に!
 それと理由が抽象的すぎるぞ!普通に言え!」

「ああもう、普通普通とそんなに連呼しなくても・・
 この社会は、そんな風に一般規定から少しでも外れたものを、
 普通という型に押し込めて扱いやすいように定型化しようとするから
 日本人ははどんどんつまらない没個性的な民族に成り果てていくのだよ
 行き着くところは欧米人の劣化コピーだよ 嘆かわしいよ
 かつてはあんなに歌舞いていたものを・・自由に、雲のように・・」

「嘆かわしいのはこっちだ! 何様なんだお前は!
 安土桃山時代を見てきたような
 事を言うな! というか・・そうじゃない!
 何が嫌で仕事を辞めたのか!と聞いているんだ!」

「ハイハイ、・・・
 本屋だからさ、周りは本だらけで、日々続々と沢山の本が入荷する
 わけなんだよ
 その無尽蔵の本やら雑誌に囲まれて僕は気がついてしまったんだよ・・」

「ほう 何を?」

「果たしてこの膨大な書物の中に、後世に残る真の良書はどのくらいあるの だろうってね
 で、考えてみたらほとんどが取るに足らない物なんだよ!
 数日で流されてしまう下らない情報!、数ヶ月で時代遅れになる流行!
 単なる暇つぶし 下種な興味本位 挙句の果てには一年以内に消えそうな
 タレントのポエムだか自伝だか・・ブログでいいじゃんそんなの!
 そんなのに限って無駄に行間空いてるし!ハードカバーだし!
 それら刹那的なアブクのような情報が、毎時毎秒、
 さも絶対的なものであるかのような見出しで日々印刷されていくんだ!
 何万部と!これからもずっと!ああ!怖ろしい!!怖ろしいよ!」

「か、勝男 少し落ち着け・・」

「で、そのしょうもない書物をするが為に、
 今日も森の木々が切り倒されていくんだよ!
 人間のつまらない欲望を満たすが為に、森の賢者、
 樫の木のおじいさんが切り倒され
 リスのチップとデールがマイホームを失うんだよ!
 あんまりだよおお!!父さん!
 もうやりきれなくて陳列棚に本を並べられないよお!森が泣いている!」

「勝男・・・樫の木のおじいさんとかチップ何某とか知らんがな
 わしの言いたい事は一つ・・
 仕事に集中しろ!!余計な事を考える暇があったら働け!」

「ええ〜父さん〜 僕の大いなる気づきを余計な事とかいわないでよ〜
 父さんにはがっかりだよ〜」

「アホか!お前にこそがっかりだ!大いなる気づきだかなんだか知らんが
 それで陳列棚に本を並べられなくなるとか、
 バカか!軟弱にも程があるわ!
 仕事というのは多少辛かろうがなんだろうが歯を食いしばってやるもんだ
 あ?なんだ勝男 その遠い目は」

「ふう・・ その価値観僕には共感できないな
 そんな耐え難きを耐えってのは人間・・
 いや生物として不自然な生き方だよ
 生命体としてオカシイよ 
 生物は快適な環境の方に移動していくものだよ」
 
「く・・何だとお!ホントに何様だお前は!ああ殴りたい!
 そんな偉そうな屁理屈、一人前に仕事できるようになってから言え! 
 本屋の前はなんだ、百円均一の店だったな あれも一ヶ月と持たなかった
 じゃないか!!」

「ああ、あれは不可抗力というか どうにも続けられない定めだったのだよ
 父さん・・」


 

 

勝男という名で不戦敗2 vs 父さん 後編

小春日和の今日、僕、嵯峨野勝男は居間で父親の叱責を受けているわけです
いつもの卓袱台、縁側から差し込む温かな光、二十数年来より変わらぬ微笑ましい風景ですが
ただ、当事者が変って行くのです。
大人になっていく者、老いさばらえて行く者
時は緩やかに、しかし間断なく移ろって行っているのです 
回るよ・・地球・・広がる宇宙(コスモ)・・

「おい!勝男!お前、何口を半開きにしているんだ!話聞いてるのか?!」
 
老いた父が眦上げて、間断なく怒っています
身体に悪いと思うので辞めた方が
いいと思いますがどうにも辞められないようです、
もうこれはライフワークなのでしょうか

「ああ 父さん ごめん今ちょっと大気圏外に行ってた・・
 宇宙ゴミには困ったもんだね
 あ!!父さん!頭から蒸気が出てるよ!
 その無意味な怒りを電気エネルギーに変換させる事が
 できたらエコロジー且平和になるのにね」

「勝男・・殴っていいか?」

「ええ〜暴力反対だよ 野蛮だなあ
 でもまあ、父さんが殴ってきたら僕は反撃するけど 正当防衛だから
 29歳と70歳が戦ったら、
 まあ 父さんにとって残念な結果になるのは間違いないだろうけど
 それでもいいならどうぞ」

「くく・・・、、もういい・・
 で、何で100円均一の店を辞めたのかって話だ!」

「ああ、あれね ある日また僕は気がついてしまったんだよ
 陳列棚並べながら、ふと
(こんなんもの、あんなもの、、あれもこれも!
 100円だなんてありえない!
 ここで100円で売ってるとしたら、卸値は?!材料費は?
 まっとうな生産方法であるわけがない!
 こんなに安かったら工場で働いてる人たちの手取りは幾らなんだ?)って
 そう気がついてしまったら、もう涙が止まらなくなってしまったんだ!
 この国、この店で、日本人がお気楽に、ディスカウントの享受を
 受けてる間にも
 マレーシアのナンシーは学校にも行けず、
 18時間生産ラインで立ちっぱなしで・・」

「誰だ ナンシーって」

「ナンシーはね 僕が想像したマレーシア人の女の子なんだ!
 母は病気で父はアル中で弟妹が7人も居て・・家計を支えるため、
 まだ小学生なのに工場で働いているんだ
 で、そこの工場長はナンシーが無学なのをいいことに
 不当な長時間労働・低賃金で働かせるんだ!鬼だよ!!」

「そうか・・想像上のねえ・・なんかワシ、
 怒るのが馬鹿馬鹿しくなってきたような・・
 まあ、ナンシーが不憫なのはわかった、で、何で
 お前が仕事を辞めるのだ」

「よかったね!父さん!怒る事は愚かしい事だと悟ったんだね!
 そうナンシーは不憫さ 100円均一でこうして働いている僕の給料も
 もとをたどればナンシーの低賃金労働故の恩恵・・
 僕が幼き身を搾取してるわけなんだよ・・
 もうそう思ったらレジを打つ手がブルブルと・・!!」

「・・ああ わかったわかった しかし 勝男よ
 別にお前が泣こうが喚こうが、仕事辞めようが、ナンシーにとっては
 全くどうでもいい事だ ありがたくもなんとも思っちゃい無いぞ
 それより勝男よ そんなにナンシーが不憫だったら、
 100均でもなんでもいいから
 ちゃんと働いて金貯めて、送金でもしてやったほうが、
 よっぽどナンシーは喜ぶぞ」

「あっはは!父さんおっかしいの! 
 ナンシーは想像上の人物なんだから送金なんてできないじゃん!
 住所ないよw」

「ぐが・・!!」

 父さんはヘンな声を出して立ち上がった 
 何故だか怒りが頂点に達してしまったらしい
 欽ちゃんの仮装大賞の成績のランプがあっという間に全部上まで到達しち ゃった状態だ
 どうしてこの人はこんなに怒りっぽいのだろうか理解不能だ

「ばっかもーん!!!」

「ひゃあ 父さん 恫喝も暴力だよ
 大きな声で威嚇して相手を恐がらせるだなんて
 実に卑怯なコミニュケーションのとりかただよ、文化的にフツウの会話の
 キャッチボールがしたいよ」

「ああもう!うるさいうるさい!
 今までワシはお前を甘やかし過ぎていたようだ・・だからこんな・・
 ワシはもう決めた!勝男!お前、30歳になったらこの家出てけ!」

 なんという怖ろしいことを急に言い出すのだろうこの人は
 
「そんな・・父さん! 今更、獅子が子獅子を突き落とすような事やめてよ!
 あれはトラが子供で、体が軽くて柔らかいから何とかなるような物で、
 もうこんなに大きくなってから落としたら即死モノだよ!むごい!」

「うるさいわ!今まで家に置いてもらえただけ有り難いと思え!
 ワシがお前の年には、もうとっくに家を出て、
 働いて結婚して家庭を持っとったわ!
 それがお前・・お前という奴は学校出てから定職も就かず
 部屋に篭ってインターネットとやらにウツツを抜かし
 口ばかり達者でのらりくらりと・・!もういい加減自立しろ!」

「ハイハイ 父さんは偉いよ、偉かった、わかったわかった
 でもね、父さん、人と比較するのは愚かしい事だよ 
 みんな違ってそれでいい
 世界に一つの花って知ってる父さん?」

「ああ、知ってるとも!知っていても尚且つ言うぞ
 30になったらこの家を強制退去させる!決定だ!」

「ひどい!熱くない鉄を打ったら折れちゃうよ!!
 家の掃除とか結構手伝ってるじゃん、なんなら雪かきもします、
 雪降らないけど・・だからお願いします 
 この家に置いてください父さん!」

しかし、どんなに懇願しても父さんは30歳強制退去を覆しては
くれなかった
父さんが怒鳴って、疲れて、終了、という二重数年来のパターンが
覆される日が来るとは思いもしなかった
こんな戸塚ヨットスクール並の非情さを持っているとは予想の範疇外だった
正直舐めていた、老いた父を・・
 ああどうしよう
29年生きていて最大の危機だ・・ちなみにあと一ヶ月で誕生日がくるんですけど

勝男という名で不戦敗3 vs 花沢さん

 うっかり父さんを本気で怒らせてしまった僕は
強制的に出奔させられることになってしまった
なんということだ、こんな修羅の世界で無垢な心を持つ僕が
一人で生きくだなんて・・
小鹿をサバンナに放つようなものだよ・・
アユの稚魚を汚いドブ川に放流するようなものだよ・・
なんという残酷・無道・無慈悲 戸塚ヨットスクール・・

絶望に打ちひしがれて部屋の角で悶々と体操座りをしていたけれど
そんなことで何も解決する事は無く・・
ただ、背中が痛くなってきた
そういうことで近所の川辺に散歩に出かけた どこまでも暇だし

空が青い
僕がどんなに底知れなく打ちひしがれていようとそんなの関係なく
空は澄み渡っている・・そんなもんさ、世界は
僕がどうなろうと自然は、地球は知ったこっちゃないのですよ
心底取るに足らない生物なのだ、僕は・・
僕は何ゆえに存在しているのだろう・・不可思議だ・・
そんなことを考えながら歩いていたら
草むらに淡い黄色の花を見つけた

なんと季節外れのタンポポだった
環境破壊の末にバイオリズムが狂ったのだろうか
それとも、どこかで放射能が漏れているのだろうか
ああ、末世だわ と思いながら僕は屈みこんで
タンポポを注視し、そして驚愕した

なんとこのタンポポはニホンタンポポではないか!!

なんという健気な子なのだろう
外来植物のセイヨウタンポポに追いやられながらも
ここにこうして咲いている
君も生きにくい世を耐え忍び生きているのだね
僕は駄目だけれど、君は花開き、種を付け
子孫を繁栄させていくのだよ、頑張れ!

僕は慈愛に満ちた眼差しでその健気な花を見つめていた


次の瞬間 グシャッという音がして

淡い黄色の花が視界から消え、真っ赤なハイヒールが現れた

何?え?
これはつまり タンポポが踏み潰された・・のか?
受け入れたくない絶望的な事実に震えていると
頭上から声がした

「嵯峨野クン、何こんな所でうずくまってるの?!」

この声 この、昔から聞き続けているのに
聞き馴染む事のできないこの女の声・・

「花沢さん・・貴女、花を・・花を・・」
僕はかすれる声で、死にかけの魂を振り絞って抗議した

「え?花?なにこれ雑草じゃん
 あたし花は 赤い薔薇しか花と認めないのよ!
他にあたしについて知りたいことある?何でも聞いていいのよ!」

「・・いや 別にありません」

「あいかわらず奥ゆかしいのね!」

いや、そういうわけではなくて、本当に別にないのだけれど・・
そうじゃなくて、あんた、健気なタンポポをよくも・・!
しかしこの女には会話が半ば通じないのは十数年来から
わかっている、どうしようもないので僕は沈黙した

花沢さん・・・、このデフレの時代に
バブルを髣髴させる自己主著の激しい
赤いパンプスに体のラインを強調した服を纏った
時代錯誤名なまでに自信に満ち溢れたこの女 
髪がワンレンではなく茶色の巻き髪な所が唯一
現代的であるが・・
この女はどういうわけか小学生の時代から
僕に変な執着心を持っているようなのだ

正直僕はこの女が苦手なのだ
別の種族の人間だと思う
どうしようもない相容れなさがあると
思うのだ
しかし何故かこの女はそれを察知しないのか
僕に近づいてくるのだ

「そうそう、嵯峨野クン!あなた
 来月私と結婚することになったのよ!
 婿養子にもらってあげるわ!
 さっき嵯峨野君の家に行ってその話をしたら
 みんなすっごい喜んでたわよ!
 こんなに周囲に祝福される結婚って
 そんなにないんじゃないかしら!
 よかったわね!
 じゃあ 私仕事忙しいからまたあとで!
 式のお金全部私が出すから
 全部私のやりたいようにやらせてもらうわ!
 じゃあね!」

 は? は? 今なんですと??!
  
 この衝撃は僕のキャパシティーを軽く超えていた
 だから僕は立ち上がることも出来ずに
 ただ、闊歩し立ち去っていく女の後姿を
 ぼんやり見ることしか出来なかったのだ・・


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勝男という名で不戦敗4 vs 中島君 前編

晩秋の夜は良い
僕は、部屋の窓から月を眺めていた
 
闇夜に満ちているのは寂寥感か、終末に向かう儚き生物等の
末期の呟きだろうか
闇の中、紅い落ち葉の上には、
命を全うした虫達らの死骸が落ちているのだろう 
安らかな肥やしとなれ 

ああ、僕は君等虫ケラが羨ましいよ 半年ほどの一生の中で
生まれ、食らい、増えて、死ぬ (稀にに駆除される) 
シンプルで無駄の無い充実した生涯だったろうに
悲しみや、遣る瀬無さを感じ取る時間等ないだろうよ
生きるだけに懸命であるところのそれは
仏教思想でいうところの「三昧」に到達しているのでは
ないだろうか 崇高だね君たちは

なあ 君等は知ってるかい?
人間って うっかりすると120歳まで生きてしまうのだよ
怖ろしいだろ?悲惨だろう?
そんな途方も無い年月どうやって過ごせば良いのだ
時間があり過ぎるから、営みを自らつくり
自らそれに疲れ、苦しみ、時に享楽に逃避する
君らに比べて人間の生はなんと無駄な煩悩に満ちているのだろうか
長い、、無意味に長いよ 人間の生涯

僕は30手前でもうこんなに疲れ果ててしまったよ

というか、今日一日で、中学校の時より着ているジャージよりも
ヨレヨレのグッタリだよ・・・
家を出てけだの、結婚しろだの、、
怒涛のような一日だった 繊細な僕には酷だった いじめだと思う

しかし今、家の中は静かだ 僕と5代目タマしかいない
ああ 疲れた
せめて今日はこのまま、静かなまま一日を終わらせて欲しい・・
虫けらよ、月よ、大気よ、地球よ、お願いします

と、願った刹那だった
けたたましい車のクラクションが静かな闇夜を破壊した

も、もしや あいつ・・

「おーい!嵯峨野!お前の現実世界で唯一の友人の
 中島君が遊びに来てやったぞー!!」

窓の外には、日本の国土に見合わない無駄に大きい車と
外的特徴は「眼鏡」しかない僕の友人が立っていた

「中島君 こんな時間に何のようだい?
 僕はね、この世界、この宇宙
 目に見えるものだけがすべてじゃないと思ってるんだ
 目に見えないモノこそ大切だと思ってるんだ」

彼はいつものように嘲るように ヒャハハと笑いながら
赤い封筒のようなものを取り出し、ヒラヒラさせた

「へ〜 でもさあ お前のマイミクだのチャット仲間だの
 の所には結婚式の招待状は届かないじゃん?」

?!!!?
顔が青ざめるのが自分でもわかった

「中島・・まあ 入れ・・よ」

「おっじゃまっしまーす!」


彼は僕の部屋に入ると、僕の椅子に座って足を組み
僕は床の上に座った
必然的に彼が僕を見下ろす格好になる
何時ごろだっただろうか これが定位置になったのは

彼は自慢げな面持ちで言った
「なあなあ、嵯峨野 さっきのオレの車見た?」
これは、彼にとって結婚式の招待状の事よりも
僕に絶対言っておきたい事なのだろう


「うん・・また 買い換えたんだね」

「そーそー今度はアルファロメオにしたんだ って言っても
 勝男は車の事なんて全然わかんないよな
 原付すら持ってない人には嫌味だったかな?ごめんな!」

・・・中島君は某大手人材派遣会社のコーディネーターをしている
やり手らしい・・同世代の若者の中では収入が高い方だ
豊かな生活を手にしているらしく時折、僕の所に見せ付けに来るのだ
しかし豊かな生活をしているのと、心の豊かさは別物だ
正直僕は・・僕は オフラインの友人である中島君よりも
オンラインの友人等との方に温かな心の交流を感じている

「・・まあ別に僕、自転車で何の不足も感じてないし
 自転車は二酸化炭素を吐き出さない
 地球に優しい僕の自慢の相棒さ!
 アルファなんとか・・また外車なんだね でもさあ
 ハンドルが左の車って日本の交通事情にそぐわないよね
 高速の料金所とか不便なんじゃない?」

「ヒャハハ!何いってんの?今時車にはETCがついてるっつーの!」

「う・・じゃあ 駐車場の料金所 とか」

「助手席にいつも女がいるからノープロブレム!
 ちなみに今の彼女は金髪さ!」
 
「・・・・・・・・・・・事故れ」

「あ?嵯峨野なんか言った?」

「別に・・何も・・ 中島君、言霊って信じる?」

「まあまあ 嵯峨野、やっかみはカッコ悪いぜ!
 それにお前ももうすぐこちら側の人間になれるんだぜ! 
 しかも、お前は車の助手席側だし!」

そう言って彼はようやく赤い封筒を取り出した
赤、薔薇色、花沢さんらしいチョイスだ
しかし、僕は刹那、戦時下の赤紙を思った
中島君は実に楽しそうに中を開いた 

 
「ふーん さすが花沢さん 豪華だよなあ
 金の箔押しで ラインストーンがゴテゴテだ!
 うわっ!開けたら音楽流れたし こんな招待状初めて見たぜ!」

「う・・チカチカして文字が凄い読みづらい・・音うざい・・ 
 わ!、式場はリッツ・カールトン大阪なの! 
 初めて知ったよ・・てゆうかなんでもう届いてるんだ?
 彼女が告知してったのは今日の昼なんだけど」

「さっすが!デキる女は仕事が早いな!
 よかったな嵯峨野!逆玉じゃん!超ラッキーじゃん!!」

そうなのだ、花沢さんは親の代から続く、不動産会社の
女社長で、彼女の代で、こんな不況であるにもかかわらず
業績は鰻上り 不動産以外の事業にも手を広げ
それが尽く大当たり 
最近は 豪腕女社長としてメディアにも取り上げられ
興に乗ったのか 
(花ピーの幸せでリッチな女になれる13の秘密)
とかいう、本といっていいのか甚だ疑問な、軽薄な書籍を出版し
驚くべきことに大ベストセラーになったのだ
はやり世の中全体が終末に近づいているのだと思う

僕は(ギラギラ)という形容詞がぴったりな
僕の知らない間にできていた僕達の結婚式招待状を見つめて
うなだれた もう疲れた 目まで疲れた いじめだこれは・・

「おい嵯峨野 そういやお前の家、誰も居ないみたいだけど
 皆どうしたんだ?てゆうかお茶ぐらい出せよ」

「ああ、皆は僕の結婚祝いに焼肉を食べに行ったよ
 ほうじ茶でいい?」

「なんでもいいからホットで
 って! なんでお前 当事者が家で留守番してるんだよ?」

「うん なんかね 皆で焼肉食べに行くぞ!って盛り上がった時に
 僕が、花沢さんと結婚したくない って言ったんだよ
 そうしたら皆が、勝男は熱がある!とか言い出して
 温かくして早く寝ろって言われて、なんだか置いていかれたんだ
 まあ、いいけど 焼肉好きじゃないし、年のせいか、翌朝
 胃がもたれるしね それに、肉食は世界的な食糧危機を生み出すしね
 じゃあ お茶入れてる」

台所に向かった僕の背後から、大きな音がした
中島君が椅子から落ちたらしい
いい大人だから大事には至らないだろうからそのままにして
お茶を入れにいこう
それにしても久々だ、中島君が僕の部屋でその身を地に着けたのは
なんだかちょっといい気分だ ちなみに測ってみたけど熱はなかった

 

勝男という名で不戦敗5 vs 中島君 中編

僕、嵯峨野勝男29、9歳 今台所でお茶を入れている
足元に五代目タマが擦り寄ってきた

餌が欲しいのか、
ハイハイ、あげよう

遮二無二、餌を喰らうタマを見ながら僕は思う

タマと僕は同じく、成人男子、健康体、働いていない、という身分である
しかし、何故にこんなに周りの扱いが違うのだろうか
タマは可愛がられ、僕は駄目人間扱いされている
理不尽極まりない 一体僕とタマの何が違うって言うんだろう
ああ、そうか人間とネコか
たったそれだけのことか 
人間もネコも成層圏から見下ろせば、同じくちっぽけな一つの生命体
に過ぎないのに・・

等と思いながら自室に戻ると
やっぱり中島君がイスから転げ落ちていた
自慢のオシャレ眼鏡が傾いている
なんだかやはり、少し良い気分になる光景だ


呆然としていた彼が我にかえった
「さ、嵯峨野・・お前マジで熱があるんだろう?
 もしや新型インフルエンザ??でも引き篭もってるお前が感染するわけ
 ないよな・・」

「いや、計ったけど無かったよ、僕もたまには散歩くらいするよ」

「え、、じゃあ何?今、心神喪失状態ってやつか?」

「いや、極めて正気だよ 僕」

「え、マジで?じゃあ本当にマジで花沢さんと結婚したくないって思ってるの??」

「うん」

 異星人を見るかのような表情で彼は僕を見た
 ちなみにこの場合、宇宙人と表現するのはちょっとおかしいと思う
 地球人も宇宙人に含まれますから

「え、嵯峨野・・なんで なんで花沢さんと結婚するのが嫌なの?
 逆玉だぜ?専業主夫になれるんだぜ?悠々自適なアーバンライフだぜ?」

「うん、正直、専業主夫には相当惹かれるんだけれど、花沢さんが無理なんだ」

 ムーンウォークをする異星人を発見したかのような表情で
 彼は僕を見た ありえない、ありえないとブツブツ呟きながら

「まあ、中島君 何をそんなに驚いてるのかわからないけど
 まあ、お茶でも飲んで落ち着いたらどう?」

「ハー・・ お茶うまい
 ・・・いや 嵯峨野 お前もしかして ひょっとして
 自分が女をえり好み出来る立場に居ると思ってるわけ?
 はっきり言わしてもらうけど・・お前と結婚してくれる女なんて
 今後一切出てこないぞ 花沢さんに感謝してしかるべきだぞ
 お前如きに断られる花沢さんが気の毒だぞ」

「いや・・確かに花沢さんに悪いけど、花沢さん僕のタイプじゃないし」

 バイクで追い抜きざまにおばあちゃんのハンドバックをひったくる
 異星人を見たかのような、驚愕と怒りに満ちた表情で彼は僕を見た
 何様だ 何様だ とブツブツ呟きながら

「まあ、中島君 何をそんなに驚いてるのかわからないけど
 まあ、ネコでも撫でて落ち着きなよ」

「ハー・・タマかわいい ネコの腹の毛は柔らかくてキモチいい
 ・・じゃなくて 
 おま!お前!お前は何様だ!
 お前は無職で低所得!しかも別にジュノンスーパーボーイコンテスト
 の受賞者でもなんでもない、ふっツーの顔だぜ 
 そんな分際でよくも女を選り好みできるよな!身分をわきまえろ
 お前、花沢さん逃したら一生結婚なんて出来ないぞ!いいのか?!」

「いいよ・・僕 妥協して意に沿わない女性と一緒になるぐらいなら
 一生独身の方がいいよ 
 いいんだよ 僕のような大した取り得も才もない人間はあえて
 子孫を残す必要も無いと思うし 
 人口爆発と地球環境の改善にもつながるし
 僕は劣った生物の役目として自然淘汰を静かに受け止めるよ
 いいんだよ 僕は一代の英傑で」

 中島君は僕を
 米軍に捕らえられた異星人を見るかのような、驚愕と哀れみの
 眼差しで見た

「い、一代の英傑って・・・もう
 お前は身の程を知りすぎているのか 知らなさ過ぎるのかどっちなの
 わけわからんけど とりあえずお前はとってもかわいそうな奴だわ
 で、ちょっと気になったんだけど
 お前の意に沿う、つまりはタイプの女ってどんなんよ?
 ああ キモイからモジモジするな」

「・・・う うん 僕が言いよどんでいるのは恥じらいからでは 
 ないんだよ ただ 彼女、もう居ないんだこの世に・・」

 非常に珍しく、彼は居た堪れない表情をした
「え・・ごめん 変な事聞いちゃって・・」

「いや・・違う そういうことではなくて
 つまりは僕・・・ (別に)って言う前の沢尻エリカが良かったんだ・・」

「ウヒャハハハハ!!!!本当に居ないな!!そんな女!!」
 彼は大爆笑した 人の辛い話に、なんて非道な男なのだろう

「失敬だな、笑い事じゃないよ・・
 パッチギや一リットルの涙のあの可憐なあの子は一瞬にして消えうせて
 しまったのだよ・・もう絶望したよ
 僕、本当にショックで
 もうショックで・・・10キロも体重が減ってしまったんだ
 で、ようやく時に心を癒され、もとの体重に戻ったと思ったら
 今度はのりピーが・・・
 のりピーがやらかして・・・・また5キロ減ってしまったんだよ
 どうして彼女達は僕をこんなにも傷つけ、裏切れるんだ・・酷い」

 彼はネタが滑って演芸場で佇む異星人を見るかのような
 驚きと哀れみ、そして嘲笑の混じった眼差しで僕を見た

「嵯峨野・・お前よくそんなんで30年近く生きてこれたよなあ 
 心弱すぎっていうか、それでも生きてこれたから実は強いのか?
 ってゆうかのりピーも良いのか のりピーだと半分なんだ
 へええ・・じゃあお前今も心ズタズタなんだ・・まあガンバレよ」 

「まあ、彼女結婚してて結構年上だし・・ 
 でもね 最近じゃ 僕もようやく前向きになって
 蒼井優でもいいやって思えるようになったんだ」

「おま・・おまえ でもって!!!蒼井優でもって?!
 何様のつもりなんだ! 蒼井優が気の毒だぞ!
 彼女に謝れよ
 お前、冗談抜きで本気で昔の沢尻エリカがいいとか言ってるわけ?
 それじゃあ120パーセント結婚できないな
 例え本当にいたとしても、金なし、将来性ナシのお前が
 選ばれるわけ無いもんな!
 でもな、嵯峨野
 今は妥協するくらいなら一人が良いとかいってるけどさあ
 お前、40過ぎとかになったら寂しくなって
 ブサイクでデブの女結婚詐欺師に引っかかるぞ・・
 あ、いやゴメンないなそれ お前、金ないもんな 安全安全!」

「そうそう、安全だから心配しなくて良いよ
 しかし、中島君 君の結婚観は殺伐としているよね
 彼女達は、収入や、安定した生活だけを基準に男性を選んでいる
 といいたいのかい?・・そんなの嫌だな
 そんなので結びついた縁など俗で欺瞞に満ちていて穢れているよ
 違うだろ・・魂が呼応しあって結びつくのがホンモノじゃないのか?」

 彼は、恥かしい気ぐるみを着た異星人を見るかのような
 驚きと心底バカにした表情で僕を見た
「・・・・いやあ お前って心底アホじゃね?
 なんかお前と話していると、宇宙人と話しているような気分になるわ」

「中島君・・宇宙人じゃなくて異星人だよ
 実は僕も君と同感なんだ
 僕と君は、どうやら心底相容れない考え方をしているようだね
 それにしても、何故に君は、こんなにも通じ合わない僕のところに
 わざわざ忙しい合間を縫って、ちょくちょく遊びに来るの?楽しい?」

 彼は純粋に驚いた顔をした
 「何いってるの嵯峨野?楽しいもなにも・・
  オレ、お前に会うと、めっちゃ癒されるんだけど」


 ハア?!!!何?何を言ってるのだろう彼は
 僕に嫌なモテ期が到来してしまったのだろうか

 続く

 

 

 

勝男という名で不戦敗4 vs 中島君 後編

僕、嵯峨野勝男29歳 
対峙しているのは、心の通じ合わぬ友人、中島君29歳
先ほど中島君が不穏な発言をした
二十年以上続いた僕等の関係が別な種類のモノへと
変ってしまうのか?
なんなのだ今日は 僕にとってとんだハルマゲドンだ
とんだ執拗なイジメだ 神よ・・僕を居た堪れない状況から開放して
おくれ もう宗派は問わないから・・とりあえず救ってください

等と、僕が脳内で出家しかけていたら


「タマにゃ〜」

は?何?何?この声 一オクターブ上がってるけど、な・・中島君?

「ニャンコはかわういの〜 きゅう〜」

全身から嫌な冷たい汗が吹き出た
眼鏡の成人男性が五代目タマを抱きしめてほお擦りしていた
果てしなくデレた表情を浮かべて・・なにその顔 その顔
その口調 口調・・何、何、、何なのだ??!


彼は気が触れてしまったのだろうか
やっとの事で僕は掠れた声を発する事が出来た
「な・・中島く・ん どうしたの?」

中島くんはタマに対する執拗な接触を続けていたが
眼鏡の奥から、いつもどおりの酷薄な目つきで僕を見た
そうか、これでも正気なのか

「フン、嵯峨野、見てとおり俺はネコ好きなんだよ
 ネコ狂いと言っても良いほどにな!
 でもな、俺のこんな姿、会社の奴等はおろか、彼女にすら
 見せた事はないさ 
 ところがお前の前では、こんなふうに、在りのままを
 曝け出せちゃううんだよ
 ・・これってどういうことかわかるだろう?
 タマにゃ〜はかわういにゃあ」

なんだ!なんだ!この状況 事態は更に悪化している
僕の心が壊れてしまう!
誰か!誰か助けてください!神でも・・町内パトロールの
おじさんでも 誰でも良いから!!

「ひい! わ・・わかりたく・・ないよ
 てゆうか その口調なんなのさ」

「まあ、認めるのが悔しい気持ちはわかるけどさ
 つまりは俺は、君の事を心の底から・・」

「ひい!そんな所から・・!!」

「そう、心の底から、見下してるんだよ!」

「はあ・・」
僕は安堵の気持ちが強すぎて、かなり失敬な発言をされた事は
ほんと、かなりどうでもよかった 
というか 中島君が僕を見下してる事などもうとっくの昔から
ありありと見て取れたことだし
しかし、それが癒されるだの、ネコキチガイ暴露だのにどうして
繋がるのだというのだ・・この人騒がせな眼鏡め

人騒がせな眼鏡は相変わらずタマを弄びながら言った

 「まあ 俺はさ 嵯峨野の知らない外の世界じゃ
 クールで隙の無いデキル眼鏡クンって言われてるのさ!
 会社という戦場では弱みなんて見せたら嘲られ、蹴落とされるのさ
 お前には計り知れない厳しい世界なのさ 
 俺は常にデキる男の装備で守り、戦っているのさ、
 でも、お前は絶対に俺の脅威に成り得ない、てゆうか
 ぶっちゃけザコキャラだから恐れるに足らない
 だからさ どんな姿を見せても平気なわけ
 肉球きゅうきゅう〜」

「あの、、タマすっごい嫌そうな顔してるんだけど
 そっか 大変な世界で生きてるんだね・・
 だから僕のところに来たら緊張がほぐれて癒されるってことなのか」

「うん、まあそれもあるけどさ
 お前なんかにはわかんないだろうけど
 俺の仕事は人間扱ってるからさ、結構しんどい事もあるわけよ
 スキルのないスタッフに限って我侭言うし〜
 経験なし資格無しのくせに、事務職希望、完全週休二日制
 手取り20万円以上希望で残業不可!?何様だよ全く・・
 それに、スタッフがなんかやらかしたら派遣先の会社に怒られるわで
 精神的にキツイ場面もけっこうあるのよ
 で、なんかもう嫌になる時だってあるのさ
 俺の人生これで良いのかって・・
 で そんな時 お前に会って
 お前のダメッぷりを目の当たりにすると
 あ!俺の人生間違ってない!
 俺 勝ち組だ!
 って確信して 心安らかになるわけよ 
 ネコの後頭部かわういかわうい〜」

「へえ・・・僕、僕のあずかり知らない所で
 君の役に立てていたのか・・
 君も結構苦労してるんだな
 でも君って、人と比較する事しか自分の立ち位置を
 確認できないかわいそうな人なんだね」

「ヒャハハ!ニートにかわいそうって言われちゃったよ
 全く何言ってるんだよ え、じゃあ比較対照無しで
 自分がどのレベルかどうやって決めるわけ?
 え?なに自己申告?自称プロなんとか?で納得できるわけ?
 実際世の中比較じゃん?
 タマにゃん、勝男兄ちゃんはアホでしゅね〜きゅう」
 
 
 「そうだね、確かにモテ系・非モテ系だの 富裕層に貧困層
  だの、階層が作られているね 嘆かわしいよ 
  人々はそんな作られた階層に踊らされて、空虚な悦に浸ったり
  自分を不幸だと思いこんでいるのだね
  ああ、幸か不幸かだなんて周りから決められるものではないはずなのに
  世の中間違っているよ・・己が・・己が決めるものなのに」

 苦悩する僕を、ネコにデレた眼鏡は笑った
 タマも苦悩している かわいそうだからいい加減開放してやって欲しい

「ヒャハハ!お前の理想論なんか箸の役にも立たないね!
 いいじゃん、えた・非人がいたおかげで農民がそいつらより
 ずっとマシな生活だから我慢が出来たのと似てるよね

 お前のようなダメダメな奴がいてこそ俺らが
 あんな奴等になりたくないって日々頑張れるのさ!
 
 おまえがなんと言おうと、俺は今
 タマにゃあとダメな勝男のおかげで仕事のストレスから
 開放されて幸せだにゃあ」
 
仕事のストレスか・・そういえば中島君は30手前なのに
白髪がある そしてこのネコキチガイっぷり、これは相当溜めている・・

「なあ、中島君、そんなにしんどい仕事なら辞めたらいいじゃん
 なんで続けてるの?」

僕はナチュラルな疑問を呈したわけだが
中島君は相当驚いたようだ

「にゃ、にゃあ!!?いや、アホかお前
 そんなことしたらお前と同じになってしまうじゃないかっ
 しんどいからって一々辞めてたら、お前みたいに・・
 てゆうか、お前そんな考えだから現在無職!なんだよ
 改めろ!俺を見習って仕事に立ち向かえ!戦え!
 店長の鼻息が荒くて気持ち悪いとか、年下の先輩が元ヤン
 風で怖いとか、同僚の女の子の物言いがきついとか・・
 嫌な事あったらって逃げるにゃ!立ち向かえ!」

なんと 自分を見習えと言ってきた、この眼鏡は・・やだな

「いや、逃げるにゃ・・っていわれても
 僕は争いを好まない、、静かにお互いに平和に生きるためなら
 喜んで敵前逃亡するさ、それに何故にそんな苦しみを背負った
 生き方をあえてしなければならないんだ?
 人は苦しみのために生きいるのか?否だろ?」

「あほにゃ!そうでもしないと実際生活していけないだろうお前!
 お前なんか嵯峨野家にパラサイトしてるから生きていけるだけ
 だぞ!確かに俺はストレス溜めてるけどそれを引き換えに
 アルファロメオとか手に入れてるからいいの!
 お前、ほんとどうするのよ
 花沢さんと結婚しないでどういやって生きていくつもり?
 おまえ、そんなこんなで
 結局29まで生きてキャリアも資格もないじゃん
 あ、そういや お前、教職もってたな 使わないのその資格?
 にゃんこ〜かわういお手手、お口・・」

「教師は・・無理だ いや僕はやってはいけないと思うんだ」

「まあ、確かに碌な教師にはなれそうもないけどにゃ」

「いや、もし、僕が教師になって、朝のホームルームとかで
 なにげなく言った一言が、思春期まっただなかの子供の
 何かを目覚めさせるきっかけとなり、人格に多大な影響を与え
 20年後・・その子がマッドサイエンティストとかになっちゃって
 (皆死ねばいいのに・・)とか言って生物兵器ばらまいたりしたら
 どうしよう・・僕にはそんな十字架重過ぎるよ」

ふと、中島君がどこか遠い目をしたようだ
タマは尻尾をブンブン振っている
ちなみにネコが尻尾を振っているときは怒っている時だ

「あのにゃ、友人だからはっきり言わせてもらうけど 
 お前には良くも悪くも、他人に与える影響力なんてそんなにないぞ
 やっぱり、何様だ!に尽きるよお前には
 全く、あれもダメ、これもダメって
 じゃあお前どうするんだよ!どうやって
 この世の中生きていくつもりにゃんだ?
 ア痛っ!・・むー タマが甘噛みしてきたにゃ」

ついにタマが中島君の手を噛んだ
甘噛みじゃないだろう、鼻に皺をよせて思いっきり噛んでる・ 

 「うん・・本当どうやって生きて行ったらいいのだろう
  ああちなみに、中島君 僕30になったら家出て行けって
  いわれているんだ」


「イタタ・・うわあ!もう万事休すじゃん!
 ホントどうすんのよお前、花沢さんと結婚するしかないじゃん」

「ああ、ホント・・どうしよう 
 なんて世の中だ・・運命だ・・人間として生きる事は苦悩ばかりだ・・
 僕には辛すぎる、願わくばこの肉体から解き放たれたい・・」

「ええ!ちょっと自殺願望?勘弁してよ重い話は!
 イタいけどタマだから許すにゃ もっと噛み噛みしてもいいにょだよ?」

ああ、この眼鏡は変態さんだったのか・・
「いや、、命は粗末にしてはいけないからね
 僕、空気の精になりたい、解き放たれたい・・エアリエル・・」

中島君は変態の分際で、僕を軽蔑しきった眼差しで見つめ立ち上がった
ようやくタマは開放され、走って逃げていった

「・・・あ〜そう、わかった 嵯峨野、
 じゃあお前、もし空気の精になれなかったら
 結婚式の友人代表の挨拶、俺がうけてやるから安心しろよ
 なれるといいな、空気の精
 じゃ、俺明日も早いし オヤスミ〜」

手の甲にくっきりと噛み跡をつけて中島君は帰って行った

怒涛の一日が終わろうとしている 今日一日で老け込んだ気分だ
いや・・老け込んではいけない 永遠の29歳でいたいんだもの

続く