勝男という名で不戦敗

勝男という名で不戦敗7 花沢さん来襲・前編


爽やかな朝だ
悪夢のような昨日は終わった、今日は平穏無事に過ごしたいものだ
僕、嵯峨野勝男は青空にすっかり高く上った太陽の光を浴び微笑んでいた

しかし、なんで人間って無職になると朝起きるのが遅くなるんだろうね

「勝男〜 もういいかげんに起きなさいよ 花沢様がいらっしゃったわよ〜!」

今日の僕の幸せ時間は起床後五分後で、姉さんの呼び声により閉幕となった

あの窓から逃げようか、青空の向こうへ・・と、とっさに思ったけれど
冷静な僕は、自分には逃亡生活に耐え切れる根性は無いと判断し
出頭することにした 
早くきっぱり断った方がいい・・怖ろしいけど
このまま引きずられるほうがきっと怖ろしい事になるだろうから

 

「勝男!さっさと来い!忙しい花沢さまが貴重な時間を割いてお見えに
なられたのだぞ!」
応接間に向かうと 父さん、母さん、姉さん、そして上座に花沢さんが待ち受けていた 後のみんなは学校やら仕事やらだ
そういえば皆、この横暴な縁談が来てから花沢さんの事を「様」付けで呼んでいる 今までそんな敬称を付けてなかったのに なんなのだ一体・・

「・・・どうも おはようございます で、何用ですか?」

「ふふ、おはようってもう11時よ!相変わらず駄目っぷりがハンパないわ ね!まあ忙しいから完結言うけど 披露宴の余興の話よ!
 あたしが全部決めるんだけど、一応内容、前もって知っててもらわないと
 嵯峨野君ってば気が小さいから、卒倒したら可哀相かな〜って思ったの
 優しいでしょあたし!」

「さあ・・」

「ちょっと勝男!花沢様に向かって、さあ だなんて!何言ってるのよ!
 この優しさの塊みたいな方になんてこというのよ!!」

「そうだぞ勝男!大体、今後お世話になる方に対してなんという口の聞き方 だ!・・申し訳ありません 花沢様 愚息がとんだ失礼をば・・
 こやつのいうことなど無視してくださって一向に構いませんので
 どうぞどうぞ」

なんなんだ、姉さんと父さんのこの下手(したて)っぷりと必死さは??
いやいや ちょっと待ってよ!本人は一向に構うのだけれど

「ふふ、まあ許してあげるわ、やっぱりあたしって優しいのね!
 でね、余興は長良川手筒花火と本場ハワイのファイアーダンスの夢の競演 だからよろしくね!」

な・・何言ってるのだこの人は・・格式高い有名ホテルを炎上させるつもりなのだろうか

「まあ〜素敵!花沢様って本当にセンスが良いわあ、女の子なら誰でも憧れ るわあ!」
「全くです!世にも素晴らしい余興を考え付く才媛に息子を嫁がせる事がで きるなんてワシは三国一の果報者です!」

ちょっとちょっと・・何なの変なこの流れ・・僕の婿入り確定前提の話になっているよ、言わなくちゃ 早く肝心な事を・・

「あの!・・あの あの・・」

「ん?何?あたし、炎が大好きよ 」

「はい・・それはもう、、充分わかりました
 じゃなくて ええと お断りします」
 

「あ?」
「あ?」
「あ?」

花沢さん・姉さん・父さんの
何言ってるんだこの下男は??という感情一杯の感嘆符のカルテットが
完璧なハーモニーを奏でた
・・このあとが怖ろしい

「かっ・・勝男!!!ふざけた事いってんじゃないわよぉ!
 勝男のクセに意見しようだなんて何様のつもりよ!
 ちょっと裏口に来な・・根性入れなおしてやるから・・」

姉さんはかつてスケバンだったらしい、僕は当時幼くて覚えてないけど
そのウワサは本当のようだ 
姉さんのまわりに、カミソリ 鉄パイプ 釘バット
そんなものが浮かんでは消える・・そのくらい怖ろしいメンチを
きられた・・・怖いよお

「まあまあ、お義姉さん いいのよお〜
 勝男クンってば よっぽど火が怖いのね!
 じゃあ 水芸もそこに入れるわ!これで火事の心配はないわよ!
 安心して!」

「なんと!お!お優しい花沢様!まるでマザーテレサのようです!」
「本当に素晴らしい方だわ!まるでマリア様みたいだわあ〜」

「やだあ 御義父さん、御義姉さんったら そんなヴィーナスみたいだなんて言いすぎだわあ!」

水芸で解決できるの?それに・・え・・ヴィーナスは言ってないんですけどっ・・て
微妙に噛みあってない会話に突っ込みを入れてる場合ではないのだった・・
通じてない!通じてないよ!
余興がいやなんじゃなくて、結婚自体なのに
おまけになんか花沢さんの呼び方が 嵯峨野くんから勝男君に変ってきてる
なにかが進んでいる やばい やばいよ!

「そ、そうです! 愛と美の女神様です 花沢様は!」
「女神様〜どうか 私の弟をよろしくお願いしますね」

「大丈夫よ!御義父さん、御義姉さん!勝男のことはあたしに任せて!」

!!もはや呼び捨てにされてしまった
はやく・・はやく言わなくては・・
地球よ!ガイアよ!八百万の神よ!僕に・・勇気を!
一生分の勇気を!残りの一生チキンでもツクネでもいいからっ
勇気を下さい!
僕は頑張った おそらくこんなに頑張ったのは近年で他にない

「ち・・違うんですっ・・この結婚の話自体をお断りしたいんですっ!」

「あ?」
「あ?」
「あ?」

さっきよりトーンダウンした不穏な感じに満ち満ちたハーモニーが
奏でられた・・こわい・・

続く

 

勝男という名で不戦敗8 花沢さん来襲後編

僕が縁談お断り宣言した後、
嵯峨野家の応接間の室温はは一瞬、
AKIRAが冷凍保存されている−273.15℃より下回った

が しかし

その後

「ヴァ・・バッカモーン!!!!!!お前っお前という奴はあああ!!」

波平という名の活火山が、怒りの火砕流を噴出させた

「お前っ!正気か?!このような僥倖!お前などには身に余る光栄だぞ!
 情け深き女神のような花沢様のお慈悲だぞ!
 感謝の涙流しながら承るべき話だろ!地に額をつけながら!
 それを・・それを 断るだとお!!?何様のつもりだっ!
 この 罰当たりモンがっ!!」

「そうよ勝男!あんた勝男の分際で一人前の口をきいてるんじゃ
 ないわよ!そもそも あんたには断るとか、それ以前に
 発言権なんて無いわよ!
 無職でプーでうだつの上がらないあんたなんかが、
 セレブの花沢様に意見しようなんて100万年早いわよ!
 こんないい話、宝くじ当たるより滅多に無いのに!ばかっ!」

父さんと姉さんが般若のような顔で僕を罵るが
もう 一度口に出した事だ 後には引けない
「・・でも・・でも・・無理なんです スミマセン・・」
 
父さんは額の血管をピクピクと動かし
目を血走らせながら、しかし 静かな声で言った

「ぐ・・ お前は本気で言ってるのか?
 わしはな、お前がどんなに駄目息子でも、とり得なしでも
 自分の息子だ、それなりに可愛いと思ってきた・・
 しかし・・しかし まさか お前がこんなに愚かだったとは
 残念じゃ・・ああ無念じゃ・・
 勝男・・わしはもうお前を見捨てるしかないようだ」

そして父さんは花沢さんに向かって頭を垂れた

「花沢さま、息子のとんでもない非礼、
 お詫びの申し上げようもありませんが
 どうぞこやつの身でもって償わせて下さい 
 こやつをそちら様に引き渡しますで
 いかような刑罰でも与えてやってください
 こやつは今後の一生を捧げて償いますので
 それでどうかお怒りをお納めください」

え、ええええ??!!何故か不思議な事に
縁談を断ったのに、結局僕は花沢さんの下に行く事に
なってしまった
しかも、かえって条件が悪くなって!
というか 何故だかまたしても僕の意思に関係なく
僕の一生が決定付けられようとしている
こんな こんな理不尽極まりない事って・・
え?何?ここは 悪い領主様が当地している
前時代的な封建的な部落?石子詰めとかある?

僕があまりのことに茫然自失していたら
花沢さんが口角を上げながら大きく頷いた

「いいのよ、お義父さん お義姉さん
 私、勝男の気持ちが解ったわ!
 だから さっきのトンデモ発言、許してあげるわ」


「え・・」

「おおおお!花沢さまっ!ありがとうございます!なんとお優しい!」

「花沢様!あなたは本当に人間なの?本当に女神様じゃないのかしら?!」

「え〜やだあ クレオパトラだなんて言い過ぎよお!
 私 勝男の気持ちも知らずに突っ走ってしまったわ
 ちょっと悪い事しちゃったかしら! でもやっと解ったから安心して!」

いや、クレオパトラは言ってないし じゃ、なくて
なんと!こんなにあっさり解決するのか
ああ、よかった 花沢さん、解ってくれたのか・・ありがとう

と僕は安堵しかけていたが・・

「つまりは勝男君 この超ハイレベルな女であるあたしと
 社会の底辺中の底辺の駄目駄目の自分とじゃ釣りあわないから遠慮したのね!
 相変わらず奥ゆかしいのね!あたしにはもっと相応しい男がゴマンといるから
 あたしの幸せを思って涙を飲んで身を引いたのね!なんていじらしいのかしら!」

ええと・・あ〜
違うんですけど・・違うんですけど
ほんともう、僕はさっきから皆にボロックソに言われてるなあ・・
まあ それはおいて置くとして・・
この際 もういいや そういうことにしてしまえ!

「はい!そうです 花沢さんと僕とでは釣りあいません
 こんな駄目駄目な僕じゃ花沢さんが可愛そうです!」

「え!・・ちょ 待て そんなことないぞ 勝男」

父さんと姉さんが狼狽し出した

「か、勝男、そんな お前、お前はそんなに自分が思ってるより
 駄目駄目じゃ、な・・い と思うぞ」

「そうよ勝男 、あんたにもいい所があるわよ きっと・・たぶん・・
 だから花沢さんと結婚してもいいのよ 遠慮しないでいいのよ」

全くこの人たちときたら・・さっきまであんなに駄目駄目だの
とり得無しだの、無職でプーでうだつが上がらないと言ってたくせに・・

「へー そうですか 姉さん、父さん じゃ 
 言ってくださいよ具体的に僕のいい所を!」

「むむ・・」
「え〜・・」

さっきまでの勢いは何処へやら 父さんと姉さんは非常に苦しい状況に
陥っている 形勢逆転だ、よし!ここから一気に攻め落とそう
しかし、そこまで言い澱むなんて失礼な気がしないでもないが
この際もういい 

「さあさあさあ! 言ってくださいよ僕の良い所を!!」

「う、、む 勝男はな ほら・・ 犯罪暦のない良い人間だな」

「・・それって 人間として基本中の基本ですけど!」

「え・・と じゃ 勝男はね 肌が・・きれいだわ」

「そりゃあそうですとも!睡眠時間たっぷりとってますから!
 まあこれは惰眠を貪ってる駄目人間の証ですよ
 引篭もってるから日にも当たってないしね! 
 さあ 他にはないのですか?」

そして苦しみに苦しみぬいて
父さんと姉さんが最終的に挙げた僕の良い所は

(土踏まずがくっきりしている、多分平均以上に・・)

ということだった

「というわけです!花沢さん、僕は土踏まずがくっきりしている
 事位しかとりえの無いしみったれた男です やめた方がいいですよ!」

「いえ!! 花沢さま! あのですね土踏まずは・・
 土踏まずがくっきりしている男を婿にとったら
 その家は永劫に栄えたという古代中国の神話があるくらい
 いいものなんです!」
「そうなんです!素晴らしきは土踏まずなんです!
 何はなくとも土踏まず!
 この買い物!損はさせませんわ!!」

父さんと 姉さん・・どんだけ必死なんだよ
土踏まず連呼しすぎ


しかし そんな必死な形相の彼等とは対照的に
花沢さんは余裕の笑みを浮かべていた

「いいのよ〜、お義父さん お義姉さん
 あたしは別に勝男がダメダメでも構わないわ
 だから勝男も別に何も気を使わなくてもいいのよ!」

え!そうなの?なんで?なんなのこの人は・・本当に心底理解不能だ
蜘蛛の糸を断たれた僕が呆然としている一方
父さんと姉さんは喜色満面、涙まで浮かべている

「さ・・さざえ!この方は・・この方は本当に女神さまじゃった!!
 聖人認定されてしかるべきお方じゃ!早くバチカンに報告せねば!」

「本当ね父さん!!マザーテレサを軽く越えていらっしゃるわ!
 眩いわ!・・眩すぎて、あたしまともに
 ご尊顔を拝謁することができないわ!」

「やだもう〜お義父さん お義姉さんってば
 楊貴妃なんていいすぎ〜」
 
だから楊貴妃なんて1ワードもかすってないし!
この人は、耳から入った音が どういうわけか脳内で誤変換されてしまうのか?
それとも 脅威の発想力? この、常人(僕ら)には備わっていない不可思議な
発想力が年商1億の源なの??

じゃ
なくて・・
「は、花沢さん ちょ・・なんでこんな僕でいいの?
 てゆうか そもそも僕の何がいいの?」

くわ と 父さんと姉さんの目が見開いた
(お前・・そんないらんこと聞くな!
 血迷った花沢さんの覚醒を促すような事聞くんじゃない!)
とその目は語っていた

しかし、そんな嵯峨野家の百面相を他所に
花沢さんはまたしても僕の理解を超える答えを平然と言ってのけた

「ちょっと〜勝男ったら 僕のどこが好きだなんて〜
 シャイだと思ったら意外に言うじゃない しかも家族の前で〜
 そうね 勝男のダメダメで、こいつ将来どうすんの?ってところが
 私の母性本能をくすぐるのかな?ほら私が拾ってあげなきゃ死んじゃう
 みたいな〜」

「菩薩さまだ!!!さざえ!この方は生きながらにして菩薩様になられておる!」

「すごいわ父さん!あたし達、菩薩の来迎を生で見ちゃったのよ」

「やだもう〜お義父さん お義姉さんってば
 そんな若かりしころの大地真央だなんて言いすぎ〜」

ちょっと・・ちょっとちょっと
急に実在の人物にならないでください ちょっとびっくりするから
しかも何故に古い・・じゃ、なくて

「ちょっと待って!
 父さん 姉さん 花沢さんは僕の事が好きでもなんでもなくて
 なんかこう 母性本能の強い聖母な私〜に酔ってるだけだよ!
 いずれ覚醒したら、僕 きっと源造、とかセバスチャンとか
 呼ばれて、役夫のようにこき使われてしまうよ!」

「何言ってるんだ勝男 役夫のどこが悪いというのだ 
 専業主夫とはそういうものだろ?
 花沢様、どうぞ存分にこやつを生活の便利に使ってください!
 こやつのできる唯一の社会貢献でございますから どうぞ!」

ええええ?ちょっと父さん!その発言は家事業務者にたいする
ひどい偏見だよ!

「そうよ勝男、セバスチャンとか源造とか 人間の名前で呼ばれる
 だけで恩の字じゃない てゆうか それ待遇良過ぎじゃない? 
 花沢様、どうかこの子を好きに呼んでやってくださいね!
 オイでも お前 でも デクでも いっそ年金番号でも
 いいですから!どうぞ!」

ええええ!ちょっと姉さん!僕の人間としての尊厳を勝手に
棄てないでよ!

身内の鬼っぷりに呆然としている僕に花沢さんは支配者の笑みで
語りかけた

「勝男ったら またわけのわかんないこといって!
 テレ隠し?花沢家の専業主夫になれるかどうか
 自信がないのかしら?まあダメダメな勝男がそう思うのも
 無理ないかも知れないわね
 でも大丈夫よ!
 お義父さん お義姉さんも安心して!
 あたし勝男にそんなに高度な家事能力要求しないわ
 マーマレードをオレンジの皮煮るところからやれなんて言わないわ
 成城石井で買ってこさせるわ お金ならあるし!」

「なんと!なんと もうわしにはこの方の慈悲深く寛大なお心を
 崇め奉るのに相応しい言葉が見つかりません!!」

「なんて幸せ物なのかしら勝男は!
 花沢さま 勝男などオレンジの木を育てるところ
 いえ むしろ荒地を開墾するところからさせてもいいような
 役夫ですのに そんな恵まれた待遇!身分不相応ですわ!」

「フフフ・・じゃあカルファルニアに
 土地買ったら耕させてみようかしら? 
 自分に自信の無い勝男の不安も吹き飛んだみたいだし!
 問題ないってことで解決ね! じゃ あたしこれから仕事だから!」

えええええ!ちょやばい なんだか話がまとまっちゃたよ
このままでは ガンバレ!ガンバレ自分!
席を立とうとしてい花沢さんを僕は慌てて引き止めた

「ち・・ちがうんです! 身分がつりあわないとかそういうんじゃ
 なくて! ・・僕は・・僕は・・」

「え?何よ?」

嵯峨野家の応接間はまたしても
AKIRAが冷凍保存されている−273.15℃より下回った

父さんと姉さんは視線で人が殺せるならば
僕を惨殺している そんな凄い目で僕を見た

「僕は・・ええと」

何も言うな!言うな!と父さんと姉さんの無言の圧力が・・Gが
僕を押さえつける
なんという緊迫感・・お腹痛くなりそう・・ 

「まあまあ 勝男 ちょっとお茶でも飲んで
 落ち着きなさいね」

そこへ、母さんが優しげな笑みを浮かべながら僕にお茶を出してくれた
そういえば居たのだった母さん
修羅のような父と姉とは違い
口数は少ないけど 穏やかに見守ってくれた僕の母さん・・

「ありがとう」
母の優しさを感じながら僕はお茶を飲んだ

あれ?なに?急に・・眠気 が・・・
か 母さん??? 盛った? くす・・り?・・
かあさん・・あなたまで・・

薄れ行く意識の中で
母の穏やかな声を聞いた

「あらら、この子ったら 
 昼寝の時間のようですわ すみませんね花沢さん
 ではこのお話 どうぞお好きなように進めて行ってくださいね」

「さっき起きたところなのに まったくしょうがないわね勝男ったら
 じゃあ 花沢ワールド全開やらせてもらうわ!じゃあね!」

この後
僕が眠りに着いている間に
嵯峨野家では わかめ、たらおを交え
勝男を絶対に婿に行かせる作戦会議が開かれていたという



続く

 


勝男という名で不戦敗9 VSわかめ

夕刻、
強制的な眠りにつかされていた僕はようやく目を覚ました

実母に薬を盛られた自分はなんて可哀相な子なんだろうと
しみじみ思っていたら・・

「ちょっと お兄ちゃん いいかしら!」

良くない、と答えても その意見は絶対うけいれてくれなさそうな
高圧的な物言い 
僕の妹のワカメ(27歳 某大企業の受付嬢)がそこに居た
相変わらず自宅の中だというのに気合の入った格好だ・・
家の中ぐらいジャージでいいのに

まったく なんでこんな寒い時期にもかかわらず
この妹は・・幼少のころからずっと
こんな短いスカートをはいているのだ?
物資の足りない戦後じゃあるまいし
寒いだろ???
動物だって冬になったら冬毛に生え変わるじゃないか
僕は自然の方程式から逸脱したこの妹の出で立ちが
どうにも理解不能で、空(くう)を見つめていたら・・

「ちょっとお兄ちゃん なにぼんやりしてるの?
 単刀直入に言うわ! 
 今度の春の私の披露宴 お兄ちゃんが花沢さまと結婚してたら
是非とも出席して欲しいところだけど
 もし、結婚しないで無職のままだったら絶対に
出てこないでよ!」
 

はあ?!何をいうのかこの妹は・・? 
(このワケワカラン妹は・・ワカメは次の春、結婚する
予定なのだ)


「え?なんで?どっちも同じお兄ちゃんじゃないか」

「何言ってるのよ!全然違うわよ! 無職でプーが
お兄ちゃんなのと
 超セレブの花沢様の配偶者がお兄ちゃんなのとでは 
ぜんっぜん違うわよ!」

「えええ なんて哀しい事をいうのだよ 妹よ・・
 そんな人間を肩書きばかりで判断するなんて愚かな
ことだよ・・
 心の目でおにいちゃんの本質を見ておくれよ」

ミミズやおけらでもを見るような目をして 妹は大きな
ため息をついた

「はあ〜 ばっかじゃないのお?
 いいかげん尤もらしい奇麗事ほざくの辞めてよね!
 実際、肩書きが物をいう社会なんだからそれに従えっつうの!
 それに、心の目とやらで見てもお兄ちゃんの評価なんて
 結局最底辺ライン走ってるわよ!地虫のようにね!フン!」

「ワカメよ・・お前はなんてキツイ女なんだ・・
 うん わかってる お兄ちゃんはダメダメさ
 認めるよ 
 でもさ、お願いだからダメダメなお兄ちゃんだけど
 お祝いに行かせてよ」

「絶対イヤよ!!」
 にべも無く妹は断った かなり機嫌が悪い・・
 何がそんなにイヤなの??

「この完璧な私と選びに選んだ高ランクの男の結婚式よ!
 披露宴会場のテーブルクロスの裏地の色まで
 こだわりにこだわりぬいた結婚式よ!
 私はね、この一生に一度の晴れ舞台を完璧なものに
 したいのよ!
 もともと完璧である私が、式に向けてどれだけの準備を
 しているか知ってる?忙しい仕事の合間に
 エステに日々のカロリーコントロールから歩き方講習から
 ブーケの華麗な投げ方まで鍛錬を重ねてるのよ!
 全てが完璧に仕上がる予定だわ、なのに 親族の席に無職で
 うだつの上がらない
 兄が座ってるだなんて・・実の兄がダメダメだなんて
 とんでもない汚点だわ!完璧な式が台無しよ!
 どうしてくれるのよ!」

この妹は今の会話で何回完璧と言っただろう・・
うわあ ワカメも花沢さんとはまた違った意味で
僕とは相容れない思想の持ち主だ

「はあ・・妹よ そんな完璧完璧って・・凄いと思うけど
 もうちょっと肩肘力ぬいて生きていこうよ 
 まったりいこうよ いいじゃん 
 完璧な新婦の完璧な式だけど
 お兄ちゃんがプーだ!アハハ!ってオチとしては最高だよ」

妹はアイメイクを駆使した豪奢な眦をガッとあげて激昂した・・

「ふざけんじゃないわよ!!!!
 オチなんていらないわよ!いくら関西圏だからって
 結婚式にそんなんいらんわ!!ボケ!
 それに肩肘力抜けって・・・
 あんたは力抜きすぎじゃ!
 なんで完璧主義のハイクラスな女である私の兄が
 こんなにユルユルのグダグダなのよ!!」

ああもう、
嵯峨野家の皆はどうしてこんなに怒りっぽいのかなあ
でもまあ 妹に対して申し訳ない気持ちはある・・
「不甲斐ない兄ですんま村(ソン)
 でもさ 完璧言ったってさ、カロリーコントロールしてるって
 言ったけど、わかめも昨日みんなと焼肉食べに行ったじゃん」

妹は、あたしを見くびるんじゃ無いわよ下郎が、という目つきで
昨日の焼肉ではチシャ菜しか食べてない と言った・・
なんという自制心、精神力、本当にコイツは僕と同じ血が流れて
いるのだろうか・・
てゆうか そんなんなら焼肉に行くなよ・・

「ハイハイわかめは凄いよ、立派だよ 畏れ入るよ・・
 でもね 世の中、わかめのような強い精神を持った人ばかりでは
 ないのだよ、弱い心の人間も沢山いるのだよ
 悪い事はしないから、邪魔しないようにひっそり生きるから
 どうぞ、共生させてやってください
 ミミズだって おけらだって ニートだって
 みんなみんな生きているんだ友達なんだよ」

「うっさいわ!!そんな友達いらんわ!!!
 ドブ川に叩き棄ててやるわ!」

ひいい 怖い なんか僕が何か言うたびに
わかめの怒りメーターがどんどん上がっていくよ・・

「何が共生よ!寄生じゃないの!
 邪魔しないようにひっそり生きるからって言ってもね
 お兄ちゃん達みたいなのは存在してるだけで
 社会のお荷物なのよ!
 生産性もなく、お金ないから消費もせず!なにそれ?!
 めっちゃ日本経済を冷え込ませる一因になってるじゃない!
 あんたらが景気低迷させてるんじゃない!?日本を滅ぼす気?
 この非国民めが!!
 私のようによく働き、よく遣え!!」

ひいいい おっかない妹だ・・非国民なんて若い娘にしちゃ珍しい
言葉を使うんだな そうか ぼくらのようなニートは
日本を滅ぼしかねない存在なのか そうか 
しかしもっとワールドワイドな目でみたら・・

「うん わかめよ 確かに僕達は日本の景気を低迷させる悪さ
 でもね 景気が悪くなるとね 工場とかの生産量が落ち、
 開発はストップするしエネルギー資源の消費量も減るから、
 自然環境は改善されるんだよ
 そう つまりは僕等 地球規模で見たらエンジェルさ」

「ああもう!!ああいえば上祐かよ!
 そんな駄天使、かすみ網で一網打尽にして火にくべてやる!
 あんた達みたいな、ユルユルの奴等がぼんやりしてるから
 日本からヴェルサーチが撤退しちゃったんじゃないのよ!
 世界的ブランドから見限られちゃったじゃないの!
 全身ユニクロコーデで満足してんじゃないわよ!
 小さくまとまってニヤニヤしてんじゃないわよ!
 そんな向上心の無い奴等が増えたりしたら
 いずれ日本は世界の一等国から外されちゃうわよ!!」

ああいえば上祐ってなつかしいな・・
火あぶりは勘弁、マジでガラが悪いよこの妹は・・
しかしわかめは、非国民だの一等国だの
今風ギャルな外見とは裏腹な古武士的愛国心を
持ち合わせているのだな
そうか 僕等みたいなのが増えたら日本は
先進国じゃなくなるのか そうか
でも 別にそれって・・
 
「いやでもお兄ちゃんは別に日本が一等国じゃなくても
 構わないよ いいじゃん脱先進国
 物は豊かじゃなくても、のんびりゆったり
 幸せに暮らそうよ うん 悪くないと思うな
 真の豊かさは国民総生産じゃ図れないよ
  
 心が豊かで楽しく生きていけるのなら
 たとえアメリカの51番目の州になろうと
 中華人民共和国統治下の自治国になろうと
 別に構わないよ」


「!!あたしはめっちゃ構いますけど!!
 何言ってるのよ! 信じらんないわ!
 ヴィトンもグッチもない世界なんて真っ平だわ!
 それに勝手に日本を他国の統治下に置かないでくれる?
 属国なんかになっていいわけないでしょ!
 心の豊かさだなんだの言ってるけど大切なもの忘れてるわよ!
 プライドってもんないの?
 ああ ないか!
 ないからこんなていたらく、か!」


く・・一方的にプライドの無い人間と決め付けられてしまった
悔しい、がしかし 考えてみると
無いし実際・・・
僕にプライドってやつがあった日は遠い昔
だ・・

「わかめよ・・
 うん 確かにお兄ちゃんにはプライドが無いみたいだ
 しかしね ワカメみたいにプライドに塗り固められているのも
 どうかと思うよ 見得や虚栄心に縛られて、
 のびのびと生きられない
 わかめを、お兄ちゃんは哀れに思うよ・・
 物質的なものでしか豊かさを感じられないなんて
 貧しいよ、心が・・
 ヴィトンやなんやら、なければ無いでそれなりに生きていけるさ
 干草のベッドで眠る生活もきっと楽しいよ」

「ほ・・干草のベッドって ちょっとどんだけ日本を発展途上国に
 貶めてんのよ!いやよ!バッタとか出てきそうだし!
 てゆうか!
 なんであんたなんかに哀れみかけられなきゃいけないわけ???
 この私が!あたしはお兄ちゃんが哀れよ!
 あたしにはね、プライドが女度向上の原動力になってるのよ
 おかげでこんなにレベルの高い女になったわよ!
 プライド無しでグダグダのおにいちゃんよりは
 よっぽどマシだわ!フン!」

うう・・打てば響くように 反論が返ってくる・・
しかもボロッカスに言われてるし、
わかめは フンどうした下郎めが、もう言う事は無いのか?
とでも言うような目つきで僕を見下している
兄として何か言わねば・・


「わかめよ・・お兄ちゃんには
 そんなキラキラチカチカしたもので飾り立てられた
 おまえが、余り美しいとは思えないよ
 お前はあまりに即物的だよ 時代時代の流行に流され
 ギャル系ファッション雑誌に煽られ踊らされ
 シーズンごとに服を買い換え
 不経済ったらありゃしないよ
 
 そんな物質文明に流された美の基準に捕らわれず
 なんかこう 普遍的な
 素のわかめの良さを生かした
 ナチュラルなゆるっふわっとした木綿のワンピース
 とか 小鳥さんが寄ってきそうな格好のほうが
 わかめには似合うと思うなあ」

「何言ってるのよ!流行にのって何が悪いのよ!
 ファッション紙がどれだけ女子の購買意欲をそそりたてるのに
 一役を担っていると思ってるのよ!
 日本経済にとってかけがえの無い良書よ!
 流行が無かったら生産者側も販売戦略を立てられないし
 流行に合わせた同じ服を量産する事によって一点あたりの
 価格が下がって購買者側にも利益があるわ!いいことずくめよ!
 素直に流行に乗ってる私たちが日本の経済を
 活性化させてるのよ!

 つまり 流行を無視して どこから探してきたのか
 わからない変なジャージとか着ているお兄ちゃんみたい
 なのが悪よ!増殖したら日本は破滅よ!
 この非国民!

 で、お兄ちゃん いろいろ物質文明だのなんだの 
 ごたくを並べてるけど 結局は私に
 お兄ちゃん好みの森ガールしろってこと?」 
 
なんだかんだで結局僕は、
わかめにとって国賊以外何ものでも無いのか・・
良かった、妹がこの国の執政者じゃなくて・・
火刑に処せられる所だった
それにしても、なんて鋭いのだこの妹は・・
そうだよ、お兄ちゃんはケバイギャルより
断然森ガールがいいと思う
いいじゃん森ガール


「はいはい、おにいちゃんは非国民さ もういいよ非国民で
 認めるからさ、わかめは森ガールの良さを認めておくれよ
 ・・蒼井優のような 、ナチュラルな控えめで純真な娘は良いと
 思うよ」


妹は嘲笑しながら僕にトドメを刺した・・

「ばーか!テレビに出ている女が純真で控えめなわけなじゃん!
 本当に奥ゆかしいお嬢さんは、人前なんかに出ないで
 家で大人しく、あみぐるみとか作ってるわ!
 蒼井某が純真そうだとか
 そんなん事務所が打ち出したイメージよ!
 芸能人やってる時点で、あたしなんかはとても足元にも及ばない
 自己顕示欲の強い目立ちたがりな貪欲な女ってことよ!
 のりピーでも懲りなかったのか!いいかげん悟れ!」


ぐ!!・・い、言われてみればそれもそうだ
冷徹に切り裂く妹の発言に
反論などできることなく、打ちひしがれ 
僕はダンゴ虫のうずくまった・・

 

勝男という名で不戦敗10 VSたらちゃん

 

まず前もって言っておきますが 英太は関係ないですからね

ダンゴ虫のような僕を、
アゲハ蝶のような妹は、嘲笑しながら去っていった、
毒の言葉の燐粉を撒き散らしながら・・

駄目兄貴のネバーランドに火をつけてやったわ!
あとはタラちゃん油でも撒いてしっかり焦土と化しておいてね!
アハハ!
と、

え、何?この期に及んでまだ、このいたいけな弱き生き物である
僕を攻撃する伏兵が現れるというのか!!
羅刹の家か・・ここは

18歳 高校生 甥っ子のたらおが現れた
平成生まれがこれから一体僕にどんな攻撃を加えるのか・・
余談だが、タラちゃんは子供の時は可愛かったのだが
第二次成長を終えたらすっかり残念な感じになってしまった
時間の流れとはむごいものだなあ・・

ニキビぶつぶつの男子が慇懃無礼にのたまった 

「勝男兄さん、もう満身創痍って感じですね、心が
 かわいそうだから、さっさと終わらせてあげますよ

 兄さんは自分が長男だから、家を追い出されても
 いずれは戻って、家をついで安穏と暮らす事ができると
 思ってるみたいですけど、甘いですよ 
 さっき、おじいさんが、勝男は婿に出すから
 僕のお父さん(ますお)に嵯峨野家に婿養子に入ってもらい
 跡をついでもらうことにするって言ってましたよ
 
 ゆくゆくはこの僕が嵯峨野家を継ぎますからね
 兄さんの居場所はここにはなくなりますから
 じゃ 失礼します 花沢家から返品されないように
 お気をつけ下さい 8日間粘れば、クーリングオフも
 できなくなりますから まあ 頑張ってください」

え!!僕が眠らされているあいだに
そんな重大な変更が行われていたのか 
将来はたらちゃんが家長なの!
クーリングオフって、、たらちゃん 僕は布団じゃないよ! 

「ちょ、、ちょっと待ってよ たらちゃん!
 お願いだよ 家に置いてよ
 別に僕は家長とか そんなんどうでもいいからさあ
 家の手伝いとかするからさあ ほんと何処でもいいから住まわせてよ
 なんなら押入れでもいから」

「・・兄さん あなた押入れって・・
 人間としての尊厳を自ら打ち棄てないで
 くださいよ 全くもう、情けないですよ 
 あなたと同じ血が通ってるだなんて・・
 押入れはですね!荷物がいっぱい入ってる予定なので無理です!」

「大丈夫だよ、たらちゃん!
 布団圧縮袋を使えば、押入れの中がすっきりするよ!」

たらちゃんは眉をしかめて僕を見た 
そんな ただでさえむさ苦しいのに、
そんな顔をしたら余計に醜いからやめなよ

「ふざけないで下さい!あなたは通販の回し者ですか?
 全く 大人の癖して情けない!
 押入れは!たとえ半分空いても、兄さんなんかは住まわせないですよ!
 僕のお嫁さんが気持ち悪がるじゃないですか!!
ああ、もう布団じゃなくてあなたを圧縮袋に詰めたいものですよ」

だから、たらちゃん 僕を布団扱いしないでよ てゆう、か・・
お、お嫁さん??!
何を言ってるの?このブツブツの子は?
この時、僕の心の中の、ほの暗い部分に・・火がついた

「ぷ!!あっはは!たらちゃん お嫁さんって!
 そんな 彼女も出来た事無い癖になに言ってるのさ!
 イタい子だなあ〜」

おもいっきり下に見ている相手にバカにされたら
そりゃあ腹が立つよね
たらちゃんは語調を荒げて反論した

「なんですか!失敬ですね!僕は将来の計画を
 しっかり立てて生きてるんです!
 にいさんとは違うんです!
 そ、そりゃあ現在、交際してる方はいませんけど
 将来確実にできますよ、なにせ僕は優秀ですからね!
 このまま有名大学に入り、有名企業に入って見せますから!
 女の方から寄ってくるに決まってますよ!」


「はあ・・・何その自信・・和製のマコーレカルキンのくせに
 いや カルキンもびっくり と言ったほうがしっくりくるか」

「な!なんですって?失敬な!」

「いるよねえ〜子供の時だけ可愛いやつって・・」

「ふ・・ふん!ニキビなんて思春期が過ぎたら治りますから!」

「いやもう 表皮上の問題じゃなくて骨格的な変貌だから
 もうあの可愛らしさは戻らない・・時の流れは残酷なものよのう」

「ふ、ふん!うるさいですよ!社会的落伍者に何言われたって
 痛くも痒くもありませんよ!
 第一、男はね、顔じゃないんですよ、顔じゃ!
 中身です!あ、あなた僕の偏差値知ってます?」

痛くも痒くもないといいつつもたらちゃんは明らかに
ダメージを喰らい狼狽している
僕の心の中のブラック勝男が
(よし!そのまま行け!)と言っている よし!従おう

「ふーん 顔じゃないか〜
 でもイクラちゃんは彼女おるよね〜
 たらちゃんと同じ進学校で 且つイケメンだもんな
 すごいなあ イクラちゃんは〜」

「イ、イクラちゃんは関係ないですよ!
 大体高校生の本分は学業ですよ 学業!
 交際なんてしてる場合じゃないでしょ!
 そんなの大人になってからですよ!
 僕はあなたと違って
 ステイタスの高い仕事に就きますからね
 女なんて選りどりみどりですよ!ふん」

「ふーん・・でも
 果たして 今もてない奴が
 大人になって急にもてたりするだろうか・・」

「も!もてないゆうな!」

おや、もう口調に乱れが出てきたよ  
まだまだ所詮は子供だな、人格者ぶった上っ面が
いとも簡単に剥がれ出したよ 
よし、容赦なくひん剥いてやれ!

「ここ数年のたらちゃんのバレンタインはまるで
 御通夜のようだね 無言で家に帰って来て
 部屋に閉じこもり・・
 数年前、たらちゃんの周りを取り囲んでいた
 女の子達は一体いずこに・・」

「う、、うるさい!!
 製菓会社の陰謀に操られた軽薄なイベントなんか
 僕の眼中にないですから!巻き込まれなくてせいせい
 してますよ!
 あ、あいつら あいつらは・・
 僕が大人になったら、泣いて跪いて許しを請うのですよ!
 社会的勝利を収めた勝ち組の僕に!」

「ふーん さっきから気になってるんだけど
 何故に自分が将来成功するって言い切れるんだろうね?
 まあ あるよね 若いころは・・
 自分の未来が輝かしいものであると信じて疑わない時期が」


「な、何言ってるんです! あなたは僕の偏差値知ってて言って
 るんですか?! 僕はね! あなたと違うんです!
 このまま順調に進学し 優秀な成績で卒業し、
 優秀な社会人として活躍するに決まってるじゃないですか!」


「ふうん でもね 偏差値高いからと言って仕事ができるとは
 限らないんだよね〜 
 今は自分がデキる子だと思ってるみたいだけど 実社会に出たら
 どうなんだろう 甘くないよ〜会社ってやつは〜
 たらちゃんも僕みたいに挫折、しないといいね〜」

「む・・失敬な!大体ろくに社会参加したことのないクセに
 知ったような口を!
 だから 僕はあなたとは違う人種なんです!
 勝男兄さんが、自分が出来なかったからって
 僕も出来ないとか 一緒にしないで下さい!」
 
「うんうん、僕にもあったよ、10代のころ
 そんな風に 自分は他の下らない奴等とは違う特別な
 人間だって そう思ってた時期があったよ
 
 早朝からパチンコ屋の前で行列しているおっさんとか
 競輪場からゾロゾロ引き上げてくる灰色のジャンパー
 とか着てる、うらぶれたおっさんとか・・
 そういう人たち見ながら

 (ふん!下等な生き物どもよ!僕は貴様等とは
  違う高等な人種なのだ!
  僕が執政者となったら
  この日本を優秀で勤勉な人間のみが暮らせる
  高潔で世界一美しい神の国にしてみせよう
  そのときは・・お前等は全員まとめて硫黄島に
  島流しだ! 
  それまでの僅かな時間、精々、非生産的な享楽に耽って
  いるがいい!!ア〜ハハハ!)・・・

 って、思っていたものだよ 
 僕にもそんな、たらちゃんのような時代があったのだよ
 青かったなあ僕も・・」

「いやいやいや、兄さん!僕はそこまでは思っちゃいませんよ!
 てゆうか そんな危ない事を考えていたんですか!
 青いってゆうか 中二的ですよ兄さん!」

「いや、高三だったかな・・」

「なお悪いわ! そんなおっきくなってそんな事を!」

「まあ、そういうわけで 僕とたらちゃんは似てるよね」

たらちゃんは 僕のその一言で
火曜サスペンス風な衝撃を受け、ワナワナと震えた

「な、な、なにを〜!!!!ふ、ふざけた事を〜
 全然似てないですっ!似てないわっ!!似てたまるかっ!!!」

「いや、似てるよ うん 僕はたらちゃんに親近感を
 感じるなあ〜」

「そんなもん感じるなっ!名誉毀損で訴えますよ!!」

「やだなあ 家族なのにつれないなあ いやだな
 そんな骨肉の争いは
 でも幾ら否定しようとも僕等は血が繋がってるんだよ
 所属的にも同じイタイ族に属してるし」

「勝手にそんな種族作るな!てゆうか入れるな!」

「ええ〜じゃあ イタタ族でいい?」

「同じだ!ふざけるな!
 僕とアンタが同じなはずないだろ!
 僕はね 栄光という名の駅に続くレールを走ってるんだ!
 それに対してアンタは脱落して原っぱでぺんぺん草つんでる
 ようなアホの子なの!ぜんっぜん違うの!」

「は〜たらちゃん 栄光というなの・・とか
 例えが古いよ 昭和的だよ 本当に平成生まれ?
 これはモテないわ
 大学生になって合コンとか行っても
 嵯峨野君ってかわってる〜とかイジられるだけイジられて
 完璧に恋愛対象外にされるね、うん、アウトオブ眼中!

 まあ レールを走るのもいいけどさ
 加速がついてればついてるほど脱線した時が凄いよ?
 原っぱまで転がってきたりして!?」

「い!いやだ!やめてくれ そんなことあるわけないだろ!!
 僕はアンタとは違う!違うったら違うんだ!」

「ふふ、さっきからムキになって僕と自分とは違うってゆうけど

 それって 将来僕みたいになるんじゃないかってゆう
 潜在的な恐れ なんじゃないの?」

「ぎゃ〜!!! やめて!違うったら違うんだ!」

耳を塞ぎ、泣き叫ぶ、追い詰められた憐れなハイティーンの耳元で
僕ははっきりと最後の一言を告げた

「それでも、たらちゃんの意思に関係なく
 僕とたらちゃんのミトコンドリアは同じリズムで躍動している!」

ひ、と引きつった顔をした彼は

うわあああん!!!気持ち悪いよう〜

と号泣しながら 走り去って行った その仕草だけは
愛らしかった幼少時代のころのようだった
でも、やっぱり可愛くない

僕は勝利した しかし ガラスの10代の心を傷つけてしまったというか
もう粉々だ・・やりすぎてしまったかもしれない
この感情・・嗜虐?
ワカメに痛めつけられた仕返しをタラちゃんにしているのか?
コレが 負の連鎖って やつか・・

そうぼんやり思っていたら
義兄さん(マスオ)がやって来た

「やあ 勝男君 花沢さんとの縁談の話聞いたよ〜
 他人の僕の客観的な意見を言わしてもらうと
 絶対結婚した方がいいと思うよ〜」
 

・・・・

あの優しげな義兄さんが 他人 と言った・・・!!!!
地味にサラリと僕の心をコナゴナにして
義兄さんは去って行った