勝男という名で不戦敗11

嵯峨野波平七十歳
10年前のわしは思いもよらなかった

まさかこんな年になるまで長男の面倒を見ねければ
ならん状況を・・
定年後のわしは、陽だまりで盆栽いじくったりしてるもんだと
思っていたが、実際、今現在とてもそんな心境に至れない
あいつの行く末を思うと昆布茶ものんびりすすっちゃ居れん

何故だ、何故勝男はこんな腑抜けに育ってしまったんだ
サザエとワカメはあんなにしっかりしているのに何故・・

そりゃあサザエは一時、積み木崩しな状況に陥って
えらいことになったが、人畜無害で素晴らしく凡庸な亭主を
見つけ、今では主婦に落ち着いている

ワカメも、あの寸足らずのスカート丈はいただけないが
本当にしっかりしとるわ 大した奴だ

なのに、あいつは、、特にあいつだけ甘やかしたつもりは無いし
教育もちゃんと受けさせた

なのに何故、長年働いて隠居の身となった、わしと同時に
あいつが・・あいつまでが
勤労という過程をすっ飛ばして隠居して居るんだ?
何故人生において一番重要な部分を
短縮できるんだ?

もちろんわしは、黙っては居れず
言葉を尽くして叱咤したが
あいつは口ばっかり達者で
飄々とかわし
しまいには、本当に霞を食って生きて行きたいだの
空気の精になりたいだの
わけのわからん事を言う始末

そんなこんなで
とうとうあいつも直に三十・・
三十いうたら、わしがその年には
とっくに家庭を持っていて、この家建てて、
バリバリ働いておったわ!
なのに、何故・・もう、こいつをどうしたらいいのか

しかし、そんな困り果てておったわしに
いや嵯峨野家に、救いの女神様が光臨なさった

花沢さまは一体どういうわけか理解不能だが
勝男を気に入ってくださった
なんでも、駄目なところがいいとか、
全く本当に理解不能で
むしろ 気の迷いだとか錯乱状態でいらっしゃるとか
そういう状況であると言われたら納得できるぐらいだ

しかし こんな幸運な話は無い
花沢様には悪いのだが、錯乱なさっている間に
正気に戻られないうちに、勝男を婿として引き取って
頂こう 
わしはもちろん、嵯峨野家の皆がこの降って沸いた幸運に
喜んでいた

ところが、なんと
信じられないというか、当人の勝男がこの縁談を断るだの
抜かしおった・・!!

もう・・本当に なんなんだこいつは
わしは・・わしは
怒り・驚愕・もうそんな諸々の感情を凌駕していまったわい
なんというか もう 噴火しすぎて
大気圏まで飛んでいってしまい 宇宙空間へ・・
そうか 空 って領域かこれが

まあつまり 平たく言えば ポカンとしてしまったわい 一瞬


しかし あの馬鹿
今はわけのわからん事をほざいておるが
絶対 婿入りした方が良いに決まっておるではないか
嵯峨野家のためにも なによりあいつのためではないか!
絶対婿に行かせてやる
これは 嵯峨野家皆の強い思いだ
そういうわけで わかめ たらお ますおさんも協力して
勝男が婿に行くようにと説得をしてもらったのだ

さて、どうなったのだろうか


居た
なんだ? あいつ 座り込んで
床に の の字を書いているではないか
なんというわかりやすい、イジケ方をしやがって
渋々納得した って感じか?

「おい、勝男 どうだ?婿に行く気になったか?」

「・・・・あーあ 僕 ますおさんに他人呼ばわりされちゃった
 でもさ やっぱり嫌なんだよ 花沢さんのとこに行くの
 ああ ヤダヤダ 嫌てゆうか 無理」

!!!!な なんと まだ抵抗しているのかコイツは
腑抜けなのに、しょうもないところで根性みせやがって!!

「勝男!!!! 嫌でも無理でも婿に行け!
 わかっただろう、嵯峨野家の皆は心の底から
 お前の婿入りを望んでいるんだ! 
 この国は民主主義で多数決で決める国だろ!
 だから・・もう 決まりだ!行け!!」

「え〜多数決で決める国だけどさあ
 多数決でも間違った意見が通る事ってあるんだよ
 ほら 横山ノックを知事にしちゃったじゃん 大阪人は
 少数意見も聞くべきだよ
 てゆうかあ 当人は僕じゃん 僕の意見が絶対だってば」

く・・勝男 勝男よ
確かにお前の言うとおりだ しかし でもしかし
わしはどうしてもお前に婿に行ってもらいたいのだ

こうなったら ・・仕方が無い・・

「勝男!! 頼む もう命令じゃない
 わしはお前に懇願する
 お願いだから婿に行ってくれ!!」


わしは勝男に向かって頭を下げた
まさか、わしがこいつに頭を下げる日が来ようとは
思っても見なかった 
三十路真近でフラフラしとる愚息に・・
屈辱だ しかし、もう形振り構っている場合ではないのだ
情に訴えるぞ

「と・・とおさん 父さんが頭を下げるだなんて
 そんなに僕に婿に行って欲しいの!!?」

「ああ、そうだ 勝男よ
 婿に行ってくれ
 家に引き篭もっているお前の将来を思うと
 わしは心配で居ても経っても居られんのだ!
 わしに
 わしの友人等が送っているような、
 旅行行ったり 畑作始めてみたり
 そんな、心安らかな定年生活をくれ!
 この苦しみから解放してくれ!頼む!」

「父さん、そうか 父さんはつまり
 自分が楽をしたいだけなんだね?
 怠けちゃだめだよ 父さん」

ぐ・・なんという 思っても見なかった返答
腑抜けな上に鬼か?この息子は!!!

「おま・・勝男 まさかおまえに怠け者呼ばわり
 される日が来るとは!!
 わしはな!お前と違って
 戦中戦後を悪辣な環境の中、無我夢中で生きて 
 人並みの生活を手に入れる為に働いて
 家族を養う為に働いて
 やっと子供が一人前になって、いや
 ひとり中々一人前にならないが・・・
 まあ 長年働き続けて年老いてやっと
 余生というものを迎えたのだぞ!
 休ませてもらって何が悪い!
 てゆうか いいかげん休ませろ!!」

「ああもう 本当父さんは怒りっぽいんだから・・  
 違うよ 父さん 僕は父さんを非難する為に
 言ったんじゃないんだ
 あのね 父さん 人間は適度な緊張(ストレス)
 の元で生活するのが一番健康にいいんだよ
 そんな 心労やら不安やら そういうものが
 一切なくなったら腑抜けて 気力を失い
 身体にも悪いよ ぶっちゃけボケちゃうよ父さん

 父さんのためにも僕という心労があったほうがいいと
 思うよ 心労というか活力の元なんだよ僕は
 ホラ、僕がいると父さん活発に怒るし
 血液循環も良いだろうし 頭の血管だって
 かなり鍛えられてると思うよ? 
 僕が居たらぶっちゃけ、のんびり倒れたりなんか
 できないでしょ?気も張ってるだろうし
 つまり、僕は父さんを延命させているんだよ

 一方の僕も父さん庇護の下にいられたら助かるし

 つまりこれは 共存共栄ってやつだよ
 クマノミとイソギンチャクみたいな!
 素晴らしく理想的な関係なんだよ僕等
 
 僕が婿に行ったら父さんのためにもならないよ!」

うう・・なんなだ 
こいつの思考は どこまでもどこまでも都合よく
考えることができるのだな・・
適度な緊張・・て これ は適度なんだろうか
まあ、確かにこれだけ長年怒り続けて
血管が切れてないのは 鍛えられてきた、、ということか
それにしても 理屈はどうあれ
そんな共存共栄クソクラエじゃ!

「いや・・ちがう!!
 虫と冬虫夏草の気分だわし的には!
 なんで70のわしが働き盛りであるはずのお前を
 いつまでも養わなければならんのじゃ」

「まあまあ 父さん 
 今は少子高齢化の時代だよ 
 年齢に限らず 働ける人は生涯現役で働かなければ
 成り立たない時代なんだよ だから頑張って!」

「ぐ・・・き 貴様 頑張ってって
 その台詞お前にそのまま返すわ!
 お前こそ頑張って働け!
 店長が札束を唾つけて数えるのが気持ち悪くて
 ショックだとかトラウマだとかPTSDだとかで
 販売員はもう出来ないって!
 そんな しょうもないことで挫けるな!!」

「う〜ん父さんは人の心の痛みに鈍感な人種だから
 僕等のような繊細な人種が何処でどれだけ
 心を痛めるのかなんて理解できないだろうね」

「ああ!そうじゃ理解不能じゃ!
 そんなんでトラウマってふざけるな!
 空襲やら公害やら経験したわしは一体なんなんだ?
 生きるのに精一杯でそんなん悠長になっとる暇も
 無かったわい!!ぬるま湯につかって何を
 ほざいておるんじゃ!!」

「う〜ん そうだね 
 でも そのぬるま湯に僕等を入れてくれたのは
 父さん達の世代なんだよ」

「!!」

「でもまあ、、そんなに皆して僕を婿に行かせたがる
 ならば 僕も覚悟を決めたよ」

勝男・・覚悟を決めたのか 覚悟とは花沢さんの元に
婿入りする覚悟を決めたってことなんだな?
そうだな?勝男
三桁は書いたであろう、見えない の の字を後にして
勝男は自室に引き篭もった

明日は花沢さまが結納にいらっしゃる

続く 次回 最終回!

勝男という名で不戦敗 最終回 家族


こんにちは、自分は、人間にタマと呼ばれている猫です
この世に生まれて3年 
もうすっかり、猫じゃらしなど、お子様の
遊ぶものだと一瞥するような
無邪気さのカケラも残ってない
雄の成体です

嵯峨野家で飼い猫家業をやっています
人間達は、朝起きて慌しく仕事とか学校やらに
行って、日が暮れるまでなにやら忙しくしてるようですが
一方の自分たちは
食う、寝る、毛づくろいする 
まあそんなお気楽な日々をおくってます
頑張る時はトイレで一心不乱に砂掛けてる
くらいじゃないですかね?
いいもんですよ 猫
大変ですね 人間
ご愁傷さまって感じです

しかし最近、嵯峨野家が慌しいです
先日、香水の臭いが鼻につく
毛がふわふわした女・・
花沢さん でしたっけ?
が来てから 
皆さん大ハシャギです
波平のじいさんまでがまるでチビッコのように頬を紅潮させて
おりました あんなじいさん初めて見ました
皆さん盛り上がって出かけて、夜半に肉とアルコールの臭いを
プンプンさせて戻ってきました

それから 中島とかいうキモイ眼鏡が来ました
キモイし、うざいし、しつこいし・・ 最悪です  
久方ぶりに本気の噛みを行使してやりましたよ
それにしてもあの口調、なんなんですか?
失敬ですよ なんで赤ちゃん言葉?
自分もう大人ですよ?!
猫だから語尾がにゃあとか 安直ですよ アホですかあいつ?
ホント自分を馬鹿にしてるのかと・・
成体の雄に対して失礼極まりないですよ全く
今度迫ってきたら猫パンチですよ 爪出した状態でやってやりますよ

まあ あんなキモイ奴の話はおいといて・・
この騒ぎの原因というのが
花沢さんが 勝男につがいの申し出をしてきた事みたいです
第三者で異種の自分という超客観的な視点から
見ても素晴らしくラッキーなことだと思います
 
しかし 勝男がいいとはねえ・・
酔狂な女がいたもんですね

そういえば勝男って あれ 人間ですよね?
なんだか 最近、あいつってば人間の姿してるけど
もしかして 猫なんじゃ?って思うようになりました
寝て 食って パソコンとやらして 寝て・・
その生態は人間というよりむしろ自分らに近いです

自分ら猫が心配する筋合いはないんすけど
あいつ、今後どうすんの?雄として終わってるじゃんって
思ってたんですよ 当然自然淘汰される運命にあるとね・・
そうしたらなんと花沢さんとやらから番の申し出ですよ
猫界じゃありえませんよ
さすがは人間ですよ 自然界ではありえないミラクルを
起こすものですね さすがオゾン層を破壊するだけの事はある

ところが あの人間なんだか猫なんだか
わけのわからない勝男が
なんと、つがいを渋ってるのですよ
なんだかわけのわからない理屈をこねてブツブツ言ってます
ほんと、同じ哺乳類でありながら全く理解不能です
ほら、花沢さんとつがいになったら
高い猫缶毎日食べれるわけでしょ 夢のようです

で、嵯峨野家が近年稀に見ないほど
一致団結して説得してたみたいですが
結局のところ ぶさいくのたらおが大泣きして
自室に篭ったくらいしか進展はなかったようです

そんな中 今日、また花沢さんとやらが来るそうで
嵯峨野家はピリピリしたムードに包まれております

あ、フネが勝男に何か言ってます
猫視点から事の成り行きを実況させてもらいます


「勝男や これは何だかわかるかい?」
フネはいつものように穏やかな笑みを浮かべながら
一本のストローを勝男に見せています

「何って、かあさん それ ストローだよね?」


「いいや、違うんだよ これはストロー型吹き矢なんだよ
 昨夜母さんが夜なべして作ったんだよ
 また勝男が花沢様に失礼なことを申し上げたりしたら
 母さん、やむをえずコレで眠らせるからね、いいね?」

「いいね?って!!ちょ
 全然良くないんですけど!
 何夜なべしてそんな物騒な物つくってるのさ!
 母さん最近くのいち地味ているよ!普通の主婦に戻ってよ!」

「まあ勝男の了解など別に必要ないのだけどねえ〜
 あらかじめ言っておくのは母さんの優しさだよ
 勝男や いい加減我儘を言うのはお辞め
 母さん昔から言ってただろ?
 好き嫌い言わずになんでも食べなさいって」

「そ、そんな 食べ物の趣向と一緒にしないでよお〜
 母さんも大概花沢さんに失礼じゃないか〜!
 しかも微妙に下ネタくさいよ!」

半泣きの勝男の叫びが木霊するなか
チャイムの音が鳴り響きました
とうとうあの人が来たようです

「はーい来たわよお 忙しいから結納なんてちゃっちゃと済ませるわよ!」
「はい!善きように致します!」
今日は嵯峨野家の一家が勢ぞろいだ
死んだ魚のような目をした坊主頭以外が花沢さんの従順な家来のようです

やや?なんだ?この駄目雄?
なんかえらく思いつめた顔でなんか小声でブツブツ言ってるぞ

「・・・勇気リンリン・・勇気リンリン・・
 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!
 毘沙門天さま・・そうか何卒私めに勇気を・・
 愛と勇気だけが友達って、そんな抽象的なものだけ?
 三次元は居ないの?それって寂しいような ・・ブツブツ」

うわあ〜なんかやばいです コイツ・・
大丈夫か??何かやらかしちゃいそう
フネの吹き矢の発動必至な雰囲気です

応接間に皆が落ち着くと、

「ぁあ! あのっあのっ 花沢さん!
 結納の前に一つだけ 提案があるのですけど!!」

ああ、やっぱり
勝男が声を裏返らせてえらく必死な感じで発言をしました

嵯峨野家の皆がギロリと、
まるで殺人高射砲が一斉に一点に照準をあわせたみたいに
もの凄い目で勝男を睨み、
フネはサッと着物の袖に手を入れました

「勝男!花沢さんはお忙しいのだ!余計な口をきくんじゃない!」
波平が素早く制しようとたが

「いいのよ〜お義父さん あたし西太后じゃないんだから〜
 ちょっとぐらいは、しもじもの声聞いてあげるわよ〜
 そうね〜あたしは西太后っていうより楊貴妃って感じい?」

ただ一人、この場の緊張感など、感知していない
突き抜けた女が、突き抜けた応答をしました

「はい! はい・・楊貴妃でいいと思いますから、花沢さん 
 どうか聞いてください」

勝男を取り巻く嵯峨野家面々のこの状況
もう、殺人高射砲が向けられているというより
腐界で目が赤くなった巨大なオウム様に取り囲まれている
状態といったほうがいいのかもしれないです
あ、フネが袖から例のものを取り出しました!

「あの、、披露宴の余興なんですけど
 披露宴ってそもそも新郎新婦が列席者の方々をもてなす場でしょ?
 だから、当事者である花沢さんと僕が何か芸をして皆さんを
 楽しませるっていうのもいいんじゃないかなって思うんですよ
 あ、いえ 別に水芸と手筒花火を否定するわけじゃないです
 それはそれでやってもらって、もう一つ余興を増やしたいな って」

「あら、それもそうね 面白そうじゃない?
 勝男も積極的になってきたじゃない?
 で、何やるの?」

勝男は拳を握り締め、震える声で言いました

「ナ・・ナイフ投げを!・・僕・・が的を やりますから
 花沢さんが投げてください・・」

ざわっ・・と嵯峨野家の面々に衝撃が走りました
え?勝男よ、それって・・!!?

「え〜 あたし忙しいから 練習する暇ないわよ〜
 刺さっちゃうかもよ〜」

「いえ、望むとこ・・いや ゲフン
 いえ、そうなったらそうなったで
 それが僕の運命だったと諦めますので結構です
 成功したら成功したで、それも僕の運命だと
 諦め・・いや ゲフン
 厳粛に受け止め、魂だけ天に還して
 傀儡となった肉体で花沢さんの為に
 マーマレード造りを荒地を開墾するところから始めます
 喜びも悲しみもない余生を送ります」

「え〜?それってよくわかんないけど 
 つまりは刺さってもOKってこと?」

「はい・・」

波平じいさんは俯き、表情は見えないですが、小刻みに震える頭頂の毛髪が
彼の慟哭ぶりを表わしてます
フネはいつもどおりの穏やかな笑みをたたえてますが
右手は、ストロー型吹き矢を袖に戻すか否か逡巡したが
遂に引っ込めました

(そこまで嫌かよ!!!!)
(そんな気合、あるなら、もっと人生の早い場面で見せろよ!!!)

嵯峨野家の面々の声無き、魂の叫びが木霊しました

「うう・・」
しばしの沈黙のあと 波平は地の底から搾り出すように声を発しました

「うう・・花沢様・・花沢様 
 誠に・誠にもったいないお話ですが・・本当に勿体無い・・ううう・・
 ですが・・ううううう」

波平のじいさんは本当の本当に勿体無さそうです、

「花沢様、すみません、、実は勝男は花沢様が望むような
 駄目男ではないのです、、ですからこのお話無かったことに・・うう
 ・・・勿体無い」

「え?!! どういうこと?」

花沢さんがポカンとした こんな顔をする彼女は初めてです

嵯峨野家面々は苦悩の表情で押し黙ったまま俯いた

ますおのみ え!!!?という顔をして
口をパクパクさせていた・・他人ですからね〜

「実は勝男は凄いデキル子なんです・・優秀な人材なんです・・」

「え〜うそお じゃあ、なんでニートしてんのぉ?」

「ええと・・あまりに優秀なその頭脳がアメリカと中国に狙われて
 いまして・・こう 身を隠している状態なんです・・」

嵯峨野家の面々は哀しげに天を仰ぎました・・
そうか・・波平じいさんがそういうなら仕方が無い、
という遠い目をして・・

あまりの勿体無さで10歳ほど老けてしまったさざえも辛そうに言った
「そうなんです・・。花沢さん
 弟はCIAとかFBIとかMMRとか人民公社とかから狙われていて
 この前も黒塗りの車のトランクに押し込められて
 某国へ連れて行かれそうになったんですが、
 波止場で、勝男が卓越した判断能力と運動能力と
 機転を効かせてどうにか戻ってきたんです・・
 なんかこう、毛布をパラシュートにして・・だから・・
 本当に本当に・・勿体無い話ですが・・すみません」

「ええ?ちょ、何言ってるのですか?御義父さん、さざ・・ぐっ!」

あ、今、隣で何か言おうとしたますおの首筋に、
小さな何か飛んできて刺さったように見えました 
ふねがアレを行使したようですね
ターゲットは変わりましたが無駄にならなくて良かったんじゃないですか

あまりの勿体無さで、目の下に天然のアイシャドーが入ってしまった
ワカメも言った
「そうなんです、花沢さん
 勝男兄さんの優れたリーダーシップと頭脳は
 どの組織からも喉から手が出るほど欲されていると同時に
 恐れられているのです 兄さんの行き先如何では
 現在微妙に保たれている世界のパワーバランスが崩れてしまい
 第三次世界大戦が勃発する危険性も充分あるのです
 そういうわけで、
 日本政府から兄さんを極力
 社会に出さないようにするよう命令されているのです
 わが国は兄さんの力を持て余してるみたいです
 そんな・・凄すぎる兄なんです・・すみません」

「ええ!そうなの!!?」
花沢さんは素直な人のようです・・
このトンデモ話を信じたようです

あまりの勿体無さでアクネ菌が増殖して
ニキビがまた一つ増えた たらおも言った
「そうなんです、凄い叔父なんです
 叔父は一日中ダラダラネットしてるように見えますが
 下世話な大型掲示板とかチェックしてるわけではないんです
 表だって社会に出ることが出来ないながらも
 どうにか世界平和に貢献したいという
 高い志がありまして、愛と平和のメッセージを
 インターネットを介して世界に発信しているのです
 その筋では 神 と呼ばれているのです
 あと、睡眠時間がやたらに長いのも
 脳の通常の人間の使わない箇所もフルで使っているため
 常人より消耗が激しく休養が必要だからです
 ・・凄い叔父ですみません」

勝男の設定がえらいことになってきております


あまりの勿体無さでさらに影が薄くなって透明感の出たフネも
辛そうに言った
「この子が産まれた時、偶然通りかかった旅の行者さんが
 私に言いました・・
 『この子には覇王の相が出ておる 世界を統べる力を持っているが
  その力を悪に利用されたのならば、世界は阿鼻叫喚の地獄と化すであろう
  残念じゃが、世界のためにも この子のためにも、その力を封印して
  おいたほうが宜しかろう』 ・・と、御札までくださいました
  そんな偉大すぎる子なんです、すみません・・勿体無いです・・・」

花沢さんよりもびっくりしていたのは、この坊主頭かもしれないです
思いがけない家族の救いの手に感極まった様子です

「み・・・・皆、ありがとう・・
 そうなんです、花沢さん、すみません!!
 僕は駄目駄目じゃないんです!
 申し訳ないですが、花沢さんのタイプじゃないのです!」

ハア・・と花沢さんは呆れたようにためいきをついた

「ああもう・・幻滅だわ・・ガッカリだわ
 勝男がそんな人間だったなんて
  
 正体隠して駄目男のふりをしていただなんて
 私の母性本能につけこんでいただんて
 本来なら許されない事よ!
 社会的に抹殺されても文句言えないことよ!
 そうしてやりたいけど
 実際やっても 今のライフスタイルじゃ
 あんまり変り映えしないみたいだし
 じゃあ いっそのこと実際肉体的に痛い目あわせてやろう
 っておもったけど〜・・」

「ひい!すみません すみません 
 お許しください!!」

 さきほどは、刃物が刺さって残念な結末に陥る
 覚悟を決めていた勝男ですが
 一旦助かると思ったらば、やっぱり命は惜しいようですね

「でも、勝男ったら 駄目男のふりをしてまで
 あたしと結婚したかったのね・・
 そこまでしてあたしと結婚したがる気持ち、わからないでも無いわ
 こんなイイ女、手放したくないわよね 
 必死な男心わからないでもないわ」

「は、はあ? ええ まあ そうです
 そういう事にしときます
 花沢さんと結婚したくて嘘をついてたってことで もういいです」

「ふふ、そうよね
 なんだかかわいそうになってきちゃったわ
 じゃあ 哀れだから許してあげるわ
 お咎め無しってことにしてあげるわ
 良かったわね!あたしが心も最高に美しい女で!」

いろいろアレだけれど 結局花沢さんはいい人なんだと思います
こうして、この家族の長い戦いは黄昏色の終焉を迎えたのです

勝男はせめてものお詫びにと、
マイミクの 独身男性35歳 大学卒業以来職歴無し 
ライフワークはネットゲーム
二次元の世界に移住する方法を真剣に探究するため
毎日違う呪文を唱えている・・ という凄いのを
花沢さんに紹介し、花沢さんは機嫌良く嵯峨野家を出て行ったのです


「「「「「「ありがとうございました!女神様!!」」」」」

花沢さんを見送る嵯峨野家の面々はうっすら涙を浮かべていました

しかし自分は解っています 
勝男以外のメンバーのその涙は
喜びよりも安堵よりも
無念から来た物だと・・

「父さん、母さん 姉さん わかめ、たらちゃん
 みんな、ありがとう!」
勝男は皆に礼を言いました
ちなみに ますおはまだ眠っています
きっと起きたら 口惜しさでのた打ち回る事でしょう

目の下にアイシャドーが入ったワカメは諦めた顔をして言いました
「もう、、いいわよお兄ちゃん
 あたしの結婚式、ホテルの従業員の格好して潜伏するなら
 出席をゆるしてあげるわ・・」

「ありがとう!!わかめ!
 この前は、物欲の権化で 拝金主義で情緒の全く理解できない
 現代人の腐ってドロドロした部分を固めて金粉ふりかけた
 ような修羅の女だとか言って ごめんよぉ!!」

「え?あたしそこまで言われてたかしら・・・」 

気にしていたニキビが増えてしまった、たらおも
諦めた顔をしていいました
「もう、、、いいよ 勝男にいさん
 僕のお嫁さんには 
 『年季の入った座敷童を一匹飼っている
 害も無きゃ利益も何無い、気にしないで、』て言っておくから」


「ありがとう!たらちゃん
 成長というより劣化だな とか
 何の確証もないのに薔薇色の未来予想図を描けちゃう
 って 若さ というより 馬鹿さ? とか
 その顔でお嫁さんとかいうな キモイ とか
 言って本当にごめんよぉ!!」

「う、、まあ、既に近い事は言われたような
 きがするけど そこまでだったかな・・」

無念という気持ちにに更に釈然としない
という感情を植えつけられた二人のようです

波平は大きなため息をつきました

「ああ、本当に勿体無いことをしたわ・・
 もう絶対一生後悔するわ、今日の事は・・ハア
 勝男 わしらがどれだけ大きな物を逃したのか
 解っているよな?
 お前の為に、歯の浮くような嘘の数々を言ってやったのだ
 花沢さまに 勝男は駄目じゃないと言い切ってやったんだ
 だから、また花沢様に嘘をつかないためにも
 いい加減もうちょっとはしっかりしてくれよ・・頼む!」

「うん!!わかったよ とうさん!
 僕、これからは優しい皆の気持ちに応えるべく頑張るよ!
 まず、はじめに 早起きして走・・いや
 ゲフン 歩くよ!!
 それにしても 家族って素晴らしいな!」

嵯峨野家一同のもはや声も出ない叫びが木霊した

(お前!いきなりハードル下げ過ぎ!)
(お前!自分に優しすぎ!!誰よりも自分が自分に優しすぎ!)
(ちくしょう コイツ、家族じゃなかったら公園とかに
 棄てておくのに・・くっ)

波平の頭頂から
長年、トキのようにそれはそれは大切に保護されていた
最後の一毛がハラリと落ちるのが見えました


ああもう、全くこの人たちはなんという勿体無いことを
してしまったのだろう・・ありえない・・
まあ、自分 この人たちの身内じゃないから
ああだこうだと言うつもりはないですけど
情というものは 良くも悪くも、不条理ってゆうか
ミラクルを起こしてしまうものなのですね

きっとこれからもこんな感じで嵯峨野家は続いていくのだと
思います まあ ガンバレよっ!

2010-03-23完